〜経営者の役割〜

第11回 経営者の意思決定

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「行ってみたいところがある。それはぬくもりと安らぎ。そして、夢のある場所。」
第11話 「閉館」
(1) あらすじ

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? 花壱は経営も軌道に乗り、23ヶ月ぶりに月次で42円の黒字になって倫子と従業員は喜び、やる気もでる。ところが、彼らが知らないところで、神崎開発が修善寺の95%の土地を買収し、再来月からリゾート開発をすることになっていた。黒沼旅館もえびす銀行からの融資が止められ、神崎開発はえびす銀行の持つ黒沼旅館の担保の土地を取得した。
? 黒沼旅館から債権譲渡されたえびす銀行と神崎開発が花壱へやって来て、花壱の債務不履行で花壱の土地の所有権は神崎開発へ移り、立ち退きして欲しいと要求された。倫子は従業員には内緒で金策に回るが、もう手遅れだ。事実を知った従業員は倫子に怒る。倫子は最後の望みをかけて神崎開発へ直訴するが、拒絶される。そして、とうとう花壱は閉館の日を迎える・・・
(2) ドラマのポイント
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?a 黒字になって花壱の従業員はどう変わったか?

黒字=自分たちの仕事振りの成果ゆえに、仕事に対して自信を持てるようになった。努力すれば成果が上がるという期待(Porter&Rollerの理論)も生まれる。雑誌で紹介されたり、客から誉められることも、彼らのやりがいにつながっているだろう。また、成果の結果、きちっと給与が支払われるようになったことも、誘因につながっていると思われる。

?b どうして花壱は立ち退きを要求されたのか?
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倫子が花壱へやってきたときは図1のような債権・債務関係にあった。黒沼旅館が銀行からリゾート開発のための長期の投資資金や短期の運転資金をえびす銀行から借り入れていた。一方、黒沼旅館は花壱の土地を手に入れたいため、花壱へ7,000万円の融資をし、債権者の立場を得ていた。



しかし、花壱の経営不振から、黒沼旅館への返済が滞り、債務不履行になる。しかし、夜間飛行のママである藍子のとりなしで、担保にしている花壱の土地を黒沼旅館に取り上げられることはなかった。黒沼旅館の大口債権者であるえびす銀行が黒沼旅館への運転資金融資を引き上げた。その結果、黒沼旅館は資金繰りに行き詰まり、結果として黒沼旅館が保有する花壱への債権と共に、黒沼旅館が担保にしていた資産がえびす銀行へ譲渡される。えびす銀行は黒沼旅館の資産・債権を神崎開発へ一括して売却する。その結果、まったく関係がない神崎開発が花壱へ過去の債務不履行を理由に、担保資産を取り上げた。神崎開発が、こうしたスキームをえびす銀行に持ちかけ、銀子がそれに乗ったのであろう。





c 従業員は立ち退きを伝えなかった倫子になぜ怒ったのか?

旅館の廃業につながるかもしれない神崎開発の立ち退き要求といった重要な情報を、倫子が従業員へ伝えなかったから。従業員にとっては倫子はかけがえのない仲間であり、一緒に旅館を再建してきたという自負があったため、倫子一人でなんとかしようとしていたのがおもしろくなかった。

d 篠田は「俺はあんたに従う」と言ったが、従業員のみんなが倫子をどう認めたのか?それはなぜか?

旅館の廃業は、倫子のみならず従業員の人生にとっても重要な意思決定である。それを倫子に任せる、と従業員たちが言ったことは倫子を経営者として認めるに他ならない。亡き夫の大切にしていた旅館を閉館するという意思決定は倫子が一番つらいし、それを防ごうと努力していた倫子を理解したからであろう。

e 勅使河原は神崎開発の坂巻になぜ切れたのか?勅使河原はどう変わったか?

勅使河原自身にとっても、花壱が重要な場所になっていたので、その花壱がバカにされたから思わず切れた。もしくは、女将の倫子が切れると、万が一、話が続く場合まずいと思ったのかもしれない。

f 「花壱は潰れません」という殿山は花壱のどういう役割を果たしているか?

殿山が40年以上花壱で働いてきて、生き字引かつ、歴史と過去の理念を伝える宣教師的役割も持っている。その殿山が言う言葉には重みがあり、それが花壱の未来に一筋の光明を与えることになる。

g 交渉に失敗して帰ってきた倫子をなぜ従業員は暖かく迎えたのか?

信用している倫子が自分たちの花壱を残すために一生懸命やってくれているから、倫子の交渉が失敗したら、諦められる気持ちになっていた。

h 「もともと崖っぷちだったんだし、何も変わらないわ」という倫子の楽天的性格をどう思うか?

こうした性格だと、再起も早い。
2. 組織の中の意思決定
1)意思決定のその前提となる仮説

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経済人仮説・・・意思決定に必要なすべての情報を獲得し、最適な意思決定を行える人間を前提にした意思決定モデル。経済学で使われるモデルである。

b社会人仮説・・・人間の意思決定は感情によって大きく影響されるというもので、行動科学を基盤にした人間関係論の研究者たちの前提になっている。

c経営人仮説・・・人間が得られる情報に制約があり、価値観の影響もあるため、制約された合理性の下で、自分自身が納得できる、満足できる意思決定を行うとする、意思決定のモデル。人間行動の全てに意思決定がなされていると考える。経営学ではこの前提で理論構築をしている。

(2)意思決定のプロセス



a 情報活動・・・意思決定を行うために必要な情報を収集する。

b 設計活動・・・意思決定をするために、その意思決定案を作る。

c 選択活動・・・意思決定案を選択するかどうかを決定する。

d 検討活動・・・決定した意思決定が満足できるかどうかを検討する。その結果、満足すれば意思決定活動は終了する。満足できなければ、再び情報活動に入る。

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神崎開発から土地の明け渡しを求められた。この情報に接し(情報活動)、倫子は黒沼に会う、という意思決定案を考え、選択する。しかし、黒沼からは満足できる解決案を示されなかったが、新たな情報を得て、えびす銀行へ掛け合うという意思決定案を考え、選択する。その結果、満足できる解決ができず、今度は融資情報を収集し、金を借りるという意思決定案を考え、選択する。しかし、金を十分借りられず、債権者である神崎開発へ直接交渉しに行くという、意思決定案を考え、勅使河原との相談の上、選択し、東京へ向かう。その結果は、取り付くしまもなく、これまで獲得した情報から花壱の閉館はやむを得ない、という意思決定案を考え、選択することになった。

3)意思決定の種類

定型的意思決定・・・特定の情報のインプットに対し、過去に経験した同じ意思決定プロセスと結果からの学習を活用して意思決定し、同じ決定(アウトプット)を導き出すことがある。そうした、たびたび意思決定を行う事柄に関しては、意思決定プロセスが簡略化されたり、省略されて意思決定されることがあり。それを定型的(プログラム化された)意思決定という。学習効果で、定型的意思決定は迅速に行われるが、情報のインプットの認知が誤ると、間違った意思決定をされてしまう。例えば、前例主義などは典型。花壱の従業員が、来訪客に「いらっしゃいませ」と言葉をかけるのも意思決定であり、客が来訪すると定型的な意思決定がされ、すぐに「いらっしゃいませ」という声をかける行動に移される。

非定型的意思決定・・・頻繁に起こらない事柄に対して意思決定を行う場合、意思決定プロセスをきちっと適用し、自分が満足できる意思決定を行おうとする。それを非定型的(プログラム化されない)意思決定という。そのため、非定型的意思決定は時間がかかり、簡単には決められないので難しい意思決定である。旅館閉館の意思決定は、まさに非定型的意思決定の連続であった。

4)意思決定の階層

a戦略的意思決定・・・経営者が行う、組織の経営に大きな影響を与える全般的な意思決定。意思決定の内容の多くは非定型的意思決定。例えば、花壱を閉館するという倫子の意思決定は戦略的意思決定。

b管理的意思決定・・・管理職が行う、ある特定業務に限定された意思決定。意思決定の内容は定型的なものと非定型的なものと半々くらいである。例えば、カルパッチョ社長に日本的もてなしをすることにした勅使河原の意思決定(非定型的)や献立を季節に合わせて決める篠田の意思決定(定型的)などがある。

c業務的意思決定・・・一般従業員が行う業務に関わる意思決定。意思決定の内容は定型的意思決定が中心になる。例えば、仲居のなぎさが客へのもてなしを考えるのは、定型的意思決定である。本来は客は多様なので、非定型的に意思決定すべきであるが、客が多くなると非定型的意思決定を行える時間的余裕もないし、過去の経験からこの客にはこうしたもてなしが良いだろうということが分かり、定型的な意思決定にしてしまえる。


3. 意思決定の特徴
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???1)合理性

絶対的合理性・・・経済人仮説が前提とする、意思決定する人間は全ての情報を獲得し、その情報に基づいて感情が一切入らない、最適な意思決定を行える合理性。

制約された合理性・・・経営人仮説が前提とする、人間は限られた情報で、価値観や感情に左右されながら、自分が満足できる意思決定を行うという合理性。

2)意思決定に影響を与える前提

価値前提・・・意思決定に影響を与えるその人の価値観。例えば、なぎさのペンダントが壊れたとき、千葉に「買ってよ」とねだった。彼女は過去に新しいアクセサリーを男からたくさんプレゼントされていたので、アクセサリーは男から貰うものという認識や価値観を持っており、それがペンダントが壊れたのでどうしようという意思決定に影響を与え、結果として好意を持つ千葉に新しいペンダントをねだった。

事実前提・・・花壱を続けたい、という価値前提に対して、債権の担保として花壱の土地と建物の所有権が神崎開発へ移っているという事実前提があり、結果として事実前提をベースにして花壱を閉館するという意思決定をせざるを得なかった。

3)意思決定の基準

最適化意思決定・・・経済人仮説の前提で、人間はベスト(best)の意思決定ができるというもの。

満足化意思決定・・・経営人仮説の前提で、人間はベター(better)な意思決定で満足するというもの。例えば、なぎさは千葉に好意を持っているが、過去に付き合った男たちと比較すれば、収入、外見、性格で劣っているかもしれない。しかし、花壱という閉じられた場では、千葉が一番素敵で、彼女は千葉と付き合うことで満足できるため、千葉と付き合うことにした(最終話の話)。

4)意思決定のグレシャムの法則
意思決定は定型的意思決定と非定型的意思決定に分けられるが、非定型的意思決定は面倒で、難しいため、定型的意思決定を優先して非定型的意思決定を後回しにしたり、非定型的意思決定を定型的意思決定で行おうとすることもある。そうした傾向を、「悪貨が良貨を駆逐する」というグレシャムの法則にたとえたもの。
4. 上手な意思決定と葛藤の管理
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?1)意思決定の基準
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a 誰のための利益を追求するかを明確にする
・・・例えば、カルパッチョ社長が花壱にやってきたとき、勅使河原は提携交渉を成功させる視点からカルパッチョをもてなした。勅使河原のもてなしの意思決定基準は自分たちの利益を追求するとしていたのだ。それに対して、篠田や倫子はカルパッチョのためにもてなそうとして、勅使河原と小さな葛藤を生じさせた。
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b 優先順位づけ・・・ボン・ボヤージュ編集部の調査員が旅館に来ることになった時、たまたま宿泊客が3人と1組やってきてしまった。誰に伊勢海老を提供するかで、従業員たちはそれぞれ自分の客を優先して欲しいと主張し、意思決定ができないという葛藤状態になった。誰を手厚くもてなすかの優先順位づけが行えず、結果として、じゃんけんで決めた。
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2)意思決定の手法
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a 意思決定の前提の整理
・・・自分の意思決定に対する傾向、意思決定に及ぼしそうな価値観、意思決定に関わる事実を整理してから、意思決定に入る。いろいろな前提を認知せず、整理しないで意思決定に入ると、ある特定要因に引きずられて、誤った意思決定をしてしまうことになる。

b シナリオ式意思決定・・・代替案を検討するとき、複数の代替案を用意し、代替案も時間を考慮した動態的なもので考えていくことが望ましい。それを意思決定をしていくための前提となるシナリオを複数つくり、こういうシナリオが実現したら、こういう意思決定を行う、というように、変動のリスクを考慮したシナリオプランニングという方式の意思決定が、一部の企業で採用されている。

3)意思決定の支援
?a 既存の知識と経験を有効活用・・・知識や過去の経験から非定型的意思決定に関わるリスクを低減し、より定型的な意思決定化していくことで、意思決定を容易に、より適切なものにしていく。
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b 情報支援システムの活用・・・知識を形式知化し、組織メンバーで共有することは、意思決定の的確さを高めるのには有効である。そのツールとして、コンピュータを活用する。例えば、ある経営コンサルティング会社は、過去のコンサルティング事例をデータベース化し、コンサルティングという非定型的意思決定を支援するようになっている。
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c 意思決定の結果の検証・・・行った意思決定の結果、どうなったかを理解し、次のより良い意思決定にフィードバックする必要がある。


4) 葛藤

?a個人の中、組織においての複数の人間間、もしくは集団間で生じる対立的、敵対的な関係。

b葛藤は合理的な意思決定をできない状況にする。両者の抱える問題から、両者にとっての最適な意思決定を妨げるのである。

5) ビジネス上の葛藤が生じる次元

a同僚同士

千葉が盗みをしたと疑われたとき、千葉へ従業員が辞めて欲しいと言っていた状況。

b上司と部下

上司は権限を行使し、部下がそれを受容しなくてはならず、しかし部下がその権限受容に納得がいかない場合、多くは生じる。倫子が40人の団体客を受け入れる、としたとき、従業員は無理と反発した。

c社内の部門間

縦割りが強い組織では、社内の部門が組織の下位目標を有し、その目標達成に他部門の利害を害してしまったり、他部門との協働や調整を拒むことがあり、それが部門間の葛藤を生じさせる。花壱は小さな組織なので、部門間の葛藤はなく、個人間の葛藤になってしまう。

d非公式組織間、公式組織と非公式組織間

公式に組織化された組織以外に、公式な権限指揮系統と外れて生まれる自律的組織が非公式組織である。その非公式組織が公式組織と葛藤を生じさせたり、非公式組織間で葛藤を生じさせることもある。例えば、自民党の派閥という非公式組織が、自民党の挙党体制という方針に反して、政権に参加しないなどの例が挙げられる。また、森派と江藤・亀井派のような派閥間で抗争を行う例もある。

e組織間

花壱と黒沼旅館、花壱と神崎開発の間の葛藤。後者では花壱の営業の継続に関して葛藤が生じた。

6) 葛藤のデメリットとメリット

a合理的な意思決定が不能になったり、協働が行えない。

b葛藤は破壊であり、そこから創造が生じる。葛藤を解決しようというプロセスが、変革を生み、新たな創造が生まれる。例えば、ボン・ボヤージュ編集部の調査員がやってくることになったっとき、なぎさ、次郎、初枝は自分の客が調査員だ、と主張し、葛藤が生じた。そのため、合理的な意思決定が行えず、じぇんけんで決定するという合理的からは程遠い意思決定をせざるを得なかった。しかし、この問題を解決したことで、花壱のサービスの考え方というものが確立された。
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