〜経営者の役割〜

第4回 経営者とビジョン

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「行ってみたいところがある。それはぬくもりと安らぎ。そして、夢のある場所。」
第4話 「きらわれた女将」
(1) あらすじ

倫子は勅使河原から、旅館のビジョンを考えるようにと言われる。倫子は旅館組合の会合で知り合った春翠桜の女将小暮妙子から、春翠桜は110万円という高級旅館なのに半年先まで予約がいっぱいという話を聞き、春翠桜のような旅館を目指そうと考えた
倫子は自分のビジョンを実現するために、従業員は洋服を、内装は洋風、料理は洋食へと、花壱を大改革し始めた。そんな時、青空観光の大久保が紹介してくれた客が花壱改め、清翠桜にやって来る。しかし、洋風化した清翠桜(花壱)に怒り、帰ってしまう
倫子はもう一度、高邑と従業員の花壱に対する想いを思い返した。そして、倫子は一人で再び元の花壱へ戻そうと決意する
(2) ドラマのポイント
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?a なぜ、勅使河原は旅館をどうしたいのか、ビジョンを考えろと倫子に言ったのか?

ビジョンがなければ、花壱が進むべき道がわからない。そこで、旅館の経営を再建するために、花壱の将来像であるビジョンを示せと勅使河原が言ったのであろう。

b 春翠桜を目指す倫子のビジョンをどう考えるか?

春翠楼と花壱では、経営資源(歴史、ブランド、施設、従業員、資金)が異なる。そうした差異を無視して、春翠楼を目指すというのは早計。もっと花壱のことを知ってから、高村の掲げていた経営理念と経営資源をすり合わせ、ビジョンを構築すべきであった。昨今、ベンチマーキングという優れた他社やり方(Best Practice)を学ぶ重要性を指摘されているが、ベンチマーキングはあくまでも業務レベルでの学習であり、経営理念やビジョンのベンチマーキングは適切ではないと考える。勅使河原は倫子の打ち出した新しいビジョンと経営改革は失敗することを予測できたと思うが、あえて何も言わなかった。倫子が自分で考えた結果だから、口を挟まなかったのかもしれないが、失敗の中から経営者としての能力を学習させようと考えたのかもしれない。

c そのビジョンを実現するための、戦略をどう考えるか?

倫子は春翠楼のような旅館を目指すというビジョンを掲げたものの、表面上のアロマテラピーの温泉、洋風の制服と部屋着、洋食と洋食器しか真似ていない。そうでなく、春翠楼のホスピタリティ、競争上のポジショニング、運営上の業務戦略も参考にすべきである。倫子は自分のビジョンを打ち出すとともに、すぐ実行へ移しているが、実行力は大切であるが、十分な検証をしたほうが良かったであろう。

d なぜ、従業員の間で不和が生じた。

新しいビジョンに賛同せず、理解できないまま、新たな努力というストレスをかけられ、モラルが低下している。そのため、ちょっとしたことをきっかけに不和が生じた。

e 殿山が新しい「花壱」の看板を黙々と作っているシーンは何を暗示しているのか?

優れたビジョンの伝承者はリーダーであるべきだが、そうとは限らないこともある。その組織に長くいた人間(古老)がビジョンの伝承者になり、優れたビジョン、経営理念、組織文化を次世代へ引き継ぐ。もちろん、時代に合わない陳腐化したビジョンなどは淘汰され、新しいビジョンも創造されていく。殿山は倫子の新しいビジョンによる経営改革が推進されている中で、花壱の新しい看板を削っている。花壱というブランド、理念、ビジョンを大切にしながらも、新しい看板という戦略、経営手法、サービスの内容を創りあげているということを暗示しているかのようである。結果として、殿山の新しい看板が花壱に掲げられた。高邑の理念やビジョンが、新しい戦略によって実現されていくかのように。

f なぜ、客は怒ったのか?

顧客の期待と異なったサービス、しかも低品質のサービスが提供され、幹事が顔を潰されたと思ったから。

g 「どうしてこうなるの?私は旅館を良くしようとしているのに・・・」倫子のビジョンのどこがダメだったのか?

ビジョンは理想像でもかまわないが、短期間にビジョンを実現しようとすれば、かなり現実性があるビジョンでなくてはならない。すなわち、経営資源との適合性を考えた、ビジョンでなくては成功しない。なぎさが倫子に「花壱には花壱の良さがある」と言っていたが、花壱の良さを活かしたビジョンが必要であった。

h 倫子はなぜ高邑のビデオを見て考え直したのか?

高邑がTV出演した時(倫子と知り合ったとき)のビデオは、高邑の考えていた花壱の理念やビジョンが語られた唯一の情報源であり、倫子の経営の原点となるものである。そのため、倫子の推進したビジョンの失敗を受けて、原点に立ち帰って、高邑のビジョンと自分の掲げたビジョンが大きく異なることに気がついたのであろう。

i 「あの娘はきっと立派な女将になるわ」なぜ?

倫子が物真似でない、花壱の強みにたった新しい価値を追求することを、短期間に学習して実行に移していくのを見て、優れた女将の資質を見出したのであろう。

「4月の花壱の業績」



従業員の給与が入っておらず、本当は160万円の大赤字。
2. 経営のビジョン
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(1) 組織のビジョン
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a 組織のビジョン=組織の理想とする将来像

何を使命に持ち、どのような事業を行い、どのような成果をあげる組織になるか。例えば、「社会の要請に的確に対応し、社員が活き活きとして働ける会社。業界の中で競争優位を持続し、確実に成長し続ける。」

b 経営使命や経営理念を実現した際の将来像

例えば、「安全な食材を使って、お客様の食生活を豊かにするイタリアンレストランチェーンとして、全国に100店舗を展開し、売上高500億円を達成、株式を上場する。」

(2) ビジョンの役割

a ビジョンから組織の進むべき方向、目標、経営戦略が導かれる
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ビジョンは組織が向かう目的地における組織の姿をイメージ化するものであり、そのイメージを実現するためには、今、どちらの方向へ向かうのか、そのための達成すべき目標を明確化し、目標達成のための戦略も導かれる。また、目的地へ向かうおおよそのスケジュールも理解できる。

b ビジョンが意思決定や行動をガイドする

ビジョンがはっきりしていると、ビジョンを達成することが重要なので、ビジョン達成のための意思決定や行動の基準になったり、影響を与える。

(3) 良いビジョン

a 組織を成功へ導く
ビジョンは組織が正しい方向へ向かえるようなものでなくてはならない。これがもっとも重要。すなわち、成功のイメージを持つ必要があろう。

b 将来像イメージが伝わりやすい

組織メンバーの意思決定や行動の基準にならなくてはならないため、ビジョンがメンバーに理解しやすいほうが良い。

c 組織メンバーを動機づける

ビジョンを達成するために貢献意欲を持てるようなビジョンが良い。そのため、組織のビジョンを達成すると、メンバーにもメリットがある、というところまでの将来像を持つべきであろう。

(4) ビジョンの創造

a 経営者の価値観やパーソナリティから創造される。例えば、高邑が持っていた花壱のビジョン。子供の頃の暖かい家庭と、旅館の想い出が、花壱のビジョンの出発点になっている。

b 組織のメンバーの価値観や組織文化から創造される。

c 理想とすべき組織を手本にする。ビジョンレベルで、他組織を手本にし、そのまま組織の経営資源との適合を考えず導入すると、今回の倫子のような失敗を導く。しかし、手本にすべき組織のビジョンを、自らの組織の現状に合わせた形へ修正すれば、失敗はなかったかもしれない。例えば、春翠楼のように高級感が溢れ、従業員のきびきびとした接客、外人も宿泊するようなサービス、それを花壱に合わせた戦略として転換すれば、結果は変わったかもしれない。
「花壱のビジョン、理念、使命と下位概念」



3. ビジョンの優れた組織
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(1) 優れたビジョンを持つ組織が繁栄する

この節はJ・コリンズの「ビジョナリー・カンパニー」の議論をベースにしている。コリンズは好調な経営業績を長期間持続している企業は、優れたビジョンを持ち、維持していると指摘した。

(2) 組織志向

a 1
人の優れたカリスマ的リーダーはいらない

1人の優れたリーダーが長期間の繁栄を作り上げることは難しい。優れたリーダーは長期の反映の基盤になるビジョンや遺伝子(組織文化)を創ることが重要。最近、GEの名CEO(最高経営責任者)と言われたJ・ウェルチの経営も批判されている。カリスマリーダーによる経営は短期的に評価されても、長期的に疑問をつけられることも少なくない。そこで、

b 優れたビジョンを持ち発展していく組織を作る重要性

ビジョンは組織の将来像ゆえにビジョン自体の優秀さと、そのビジョンを掲げ、達成しようとする組織のドライビングフォースになるようにすることが重要である。

(3) 
Visionary Companyの議論

a 現実的な理想主義

高尚な理想を掲げる一方、それがいつかは実現できるものでなくてはならない。

b 基本理念を維持し、進歩を促す

基本理念を崩さす、しかし、理念自体も進化させ、組織もそれに応じて進化していく関係を創造する。

c カルトのような組織文化

ビジョン、理念、使命への強い求心力を生み出し、メンバーの高い貢献意欲を引き出し、メンバー間のスムーズなコミュニケーションが得られる組織文化。ただし、組織は外部環境との相互作用が生存において重要な要因ゆえに、外向きの組織文化である必要がある。

d 多産多死の仕組み

優れたビジョンを生み出すため、多くのビジョンが変異的に生まれ、優れたビジョンだけが生き残るように淘汰が行われ、優れたビジョンだけが保持される。

e 遺伝子を受け継ぐ

優れたビジョンと優れたビジョンの創造が遺伝子のように引き継がれる。

f 基本的価値観を組織内部から見つける

この項目に関しては、Visionary Companyの作者であるColinsの考えとは多少異なる。組織内部から優れた基本価値を見つける姿勢は重要であるが、組織生き残りのための多様性を確保するため、外部の優れた基本価値を取り込むことでビジョンの進化を促すことも重要であると考える。

4. 経営資源と組織のビジョン
?(1) なぜ倫子のビジョンは失敗に終わったのか?

花壱の経営資源(従業員、施設、雰囲気、料理、サービス、歴史等)とこれまでの経営戦略(落ち着いた和の旅館)を無視した、春翠楼からの借り物のビジョンゆえに組織と不適合であった。

(2) 経営資源が組織を規定する

a
 経営資源からの制約

経営資源の質と量が組織を決める。

b 経営資源と上位概念とのミスマッチ

経営戦略やビジョンが組織の経営資源とミスマッチであると、その戦略の実行やビジョンの達成は難しい。そのため、戦略やビジョンは経営資源が規定するといっても良い。その一方で、ビジョンを達成するために経営資源とのギャップを埋めることを考えるのが戦略の役割でもある。

(3) 経営資源の束=組織

a
 組織構造→経営資源の有効処理のシステム

経営資源が有効に活用されるよう組織構造を設計する。花壱の懐石料理と雰囲気を生かすのであれば、組織構造も充実した和風もてなしができるようにする。

b 経営戦略→経営資源の効率的調達と有効活用をするための設計図

経営戦略は経営資源を調達、組織化、最適なアウトプットを生み出す価値の生産と販売に関しての設計図になる。花壱の従業員、彼らから生み出されるサービスや料理、施設とそれから生み出す空間と雰囲気、こうしたものを有効に活用しようとすれば、春翠楼のようなビジョンにはならないであろう。

(4) 経営資源と経営の課題
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a ビジョンと経営資源の適合性

理想としてのビジョンは大切にすべきであるが、現状保有の経営資源とのギャップ、そのギャップの解消方法を考える。ただし、ギャップが大きすぎるとビジョンが有効に機能しなくなる。

b
 ミスマッチを解消するための経営戦略

ビジョンと経営資源のギャップを解消する方法を示すのが経営戦略論である。そのため、ギャップの内容、質、量を明確にし、ビジョンと外部環境を考慮しながら、ギャップの解消方法を立案する。

c トップダウンとボトムアップのアプローチ

経営資源のビジョンのミスマッチの解消方法としては、今回、花壱でおこなったように女将によるトップダウン型の改革で、経営資源自体を短期間で変え、女将の考えるビジョンに近づける方法がある。大胆な変化も期待できるが、不適合の問題が生じる懸念がある。反対に、従業員のボトムアップでビジョンを創造し、ビジョンを実現する方法は、現実的なビジョンになるため実現性は高いものの、ビジョン自体が旧来の延長で有効になりえない懸念がある。そのため、トップダウンとボトムアップをうまく両立させることも重要である。

(5) 経営資源としての歴史やブランド

歴史やブランドを創りあげるのは難しく、時間もかかる。こうした経営資源は組織の競争優位の源泉になるため、優れた歴史やブランドを創る努力を欠かさないこと。優れた歴史やブランドを創ることもビジョンに組み込む。そして、優れた歴史やブランドを確立したら、それを大切にしたビジョンや戦略を採用する。

花壱のビジョンと経営資源の不適合