〜経営者の役割〜

第2回 組織の作り方

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「行ってみたいところがある。それはぬくもりと安らぎ。そして、夢のある場所。」
第2話 「っていうか大失敗」
(1) あらすじ

高邑の想いを知った倫子は、花壱の女将になって旅館を続けていくことを決意するが、従業員は4人しか残っておらず、客も1人だけ。従業員はのんびりしている。
花壱を早く乗っ取りたい黒沼旅館は、債権者の立場を利用し、使い物になりそうにない従業員加賀谷学と1泊5,000円と採算の合わない40人の団体客を押しつけ、花壱へ嫌がらせをする。倫子は客がいないよりまし、と喜び、引き受ける。従業員もかって旅館で働いていた大石次郎、友人の衛藤なぎさ、求人広告を見た原里子も花壱に加わる。謎の女はアトランティックホテルの副支配人だった勅使河原史子で、倫子は旅館の売りは有名料亭「北川」出身の篠田太一が調理する食事だ、という助言を勅使河原から受ける。その助言を受けた倫子は赤字覚悟で食事の費用に1,500円をかける。そして、団体客がやってくると、従業員の少ない花壱は大混乱し…

(2) ドラマのポイント

a 1泊5,000円で40名の団体客を引き受けたことに対して、どう思うか?

二つの視点がある。倫子のように、部屋を空けておくより、たとえ、5,000円であっても、40名で2泊、40万円の売上を確保すべきである、という考え。40名の宿泊客を迎えれば、食材等の変動費も発生するが、人件費など客がいようといまいと発生してしまう固定費を少しはカバーできる。いくつかのホテルでは、閑散期に格安の料金を提示するが、それはこうした倫子のような考えに立つ。一方、従業員が主張していた原価割れになる、40名の団体に対応できる組織体制になっていないといった考えもできる。もし、旅館のビジョンが「高級旅館でくつろぎの豊かな時間を提供する」というものであれば、40名の団体客を5,000円で受け入れることは、短期的には収入確保による赤字幅縮小というプラスになるが、長期的には安い旅館というイメージダウン、十分なサービスができず評判を落とす、といったマイナス効果が大きい。この段階で、経営者である倫子が旅館のビジョンと、ビジョンを達成するための戦略を明確にしていないため、生じた経営の迷走と考える。

b 「女将ってニコニコしていればいいんじゃない。面倒なことは従業員に任せとけばいい。」

経営者は他人を動かしていれば良いというわけではない。もちろん、一般の従業員と異なって重要な意思決定やリーダーシップの行使を行うために、従業員と同じように働く必要はない。しかし、他人を動かすために、自分が先頭に立って動くことも時には必要である。倫子は女将としての役割を十分果たせないのであるから、従業員がすべき面倒なことも倫子自身が積極的にやらなければならない。

c 花壱に来たいと思わせる何か、とは?

他の旅館と比較したときに選好してもらえるような独自性や差別性である。それが付加価値になる。高級旅館として15,000円の宿泊料をいただくのであれば、こうした独自性は不可欠。花壱の場合、食事や露天風呂が独自性の源泉になるかもしれない。加えて、旅館としてきめ細かいもてなしも不可欠であろう。

d 花壱が混乱した原因はなにか?

女将を入れて9名のスタッフで40名の団体客を処理するのが、きめ細かいサービスをする旅館では難しい。しかも、加賀谷は使い物にならないし、なぎさは仲居の経験なし。大石と里子は経験者だが、花壱に来たばかりで、事情がわかっていない。こうした状況で冷静な意思決定と指示をしなくてはならない、倫子はその役割を果たせる能力と経験がない。40名の団体を受け入れるにあたっての、事前の計画と打ち合わせもなかった。

e 倫子はなぜ、赤字覚悟で食材にこだわる篠田の意見を採用したのか?

勅使河原と志保の言葉を倫子なりに考え、この旅館のセールスポイントとして篠田の料理を売っていこうと結論づけたのであろう。赤字になっても、料理で客が喜べば、リピーターとなるかもしれない。ただし、団体客がどういったサービスや価値を求めているか、という視点がかけていたため、多くの顧客が料理を残すことになり、彼女の意思決定はあまり効果がなかった。40名中、1名が再び旅館に来たいと思って、予約を入れてきたので倫子の意思決定は救われることになったが。

f 今回のドラマを見た上での業務改善点を考えよ。

現スタッフでどれだけの客がさばけるか、おおよそ見当がついたと思われる。これ以上、増員をしないのであれば、このスタッフを有効活用できるように、業務プロセスを見直し、各プロセスへの人の配置を再検討する。また、従業員を訓練し、複数の業務を行えるようにして、人員を融通し合うようにして暇な時間を少なくする。

2. 団体客を受け入れる、受け入れない?
(1) 倫子の主張

a 客がいないより、たとえ、5,000円でも客を確保した方がよい。

b 団体客なので、売上も多くなる。

(2) 従業員の主張

a 5,000円では採算割れで、赤字になるだけ。

b 5,000円で客を取ったら、やすい宿というイメージがつき、通常料金15,000円では客が取れなくなり、マイナスになる。

c 団体客に対応できる従業員の数が揃っていない。

(3) どっちの主張が正しいの?

従業員の判断が正しい。旅館は装置産業ゆえに、客が入って、客室が稼働しなければ利益が出ない。そのため、旅館では空き室を出さないように、料金を下げてでも客室を埋めて赤字幅を縮小しようという誘惑に駆られる。しかしながら、花壱は高級老舗旅館が特徴だったので、旅館の戦略の転換なしに、安売りすると、短期的には赤字幅が縮小するが、長期的には高級なイメージが崩れ、結果として1泊15,000円で客が取れなくなる。また、美味しい食事や十分なサービスが出来なければ、評判をかえって落とすことになる。
花壱の原価計算をドラマの中で示された情報と推測をベースに行うと、下図のようになる。原価に占める人件費が低すぎるように思われる。人件費の比率はコストの中で3割程度が普通。ドラマの前提だと花壱の従業員は相当低給与。倫子は赤字の責任で無報酬、なぎさや里子は見習いで給与が出ていないのか?食材費の比率は通常2割程度。そのため、現実的な花壱の原価計算は食材費・アメニティ・光熱費が3,200円で、人件費が3,100円程度ではないか。
花壱の原価計算


3. 組織の経営資源の配分
(1) 事業プロセスの分析
a 事業の目的の明確化・・・何を目的に、どんな価値を産出するのか?

b 事業全体のキャパシティの明確化・・・規模によって事業プロセスを変える。例えば、少量生産ならば手作業部分が多くてもなんとかなるが、大量生産にすると機械の導入などを検討する必要あり。

c 事業の流れを分解する・・・事業の流れ、どんな仕事がどのプロセスで必要になるのか?

d 各プロセスの産出価値と費用の分析・・・仕事の各プロセスでどの程度の費用が生じ、価値産出に対してどれだけの影響があるか。各プロセスのコストパフォーマンスをチェックする。

(2) プロセスごとの経営資源分析
a 必要な経営資源の列挙・・・各仕事における必要な、人、モノ、金、情報といった経営資源の分析を行う。

b 各プロセスの業務目的の明確化・・・その業務で何をなすべきか、その成果をどう評価するかを明確にしておく。

c 各プロセスのキャパシティの明確化・・・その業務での処理能力を明確にしておく。処理能力は全体、そして、前後の業務の処理能力と調和させなくてはならない。

d 必要な経営資源の量と質の分析・・・a〜cを明確にして、必要な経営資源の量と質を決定する。

4. 旅館組織の設計のポイント
(1) 効率的事業プロセスの設計
a 事業目的を損なわない業務の削減・・・無駄な業務が業務分野や業務プロセスにあれば、目的や成果へ影響のない程度に削減する。

b 人材の待ち時間を減らす・・・人材に限らず、設備や材料などの経営資源はフル稼働に近い状態が望ましい。

(2) 適材適所
a 顧客とのインターフェイスの重視・・・サービス業においては、顧客と直接接する部門の人材は慎重に選抜し、高い能力と意欲を維持させる。そうでないと、サービスが疎かになり、顧客の不満を招く危険性がある。

b 専門化・・・その仕事における専門性を高め、業務の質と効率を高める。ただ、小さな組織であまり専門家を進めると、ある業務で処理能力を超える仕事が発生したとき、他の業務の人が手伝えず、結果として非効率になってしまう懸念がある。

c マルチワーク可能な人材育成・・・専門化を進めながらも、複数業務がこなせる人材を育てる。例えば、欧米の製造工場では1人の従業員が1つの職務しか担当しないが、日本の製造工場では従業員は多能工で、複数の工程を担当することで、工場全体の処理能力を高める工夫をしている。花壱では金子が、板場(調理)での下ごしらえと仕入れ補助、配膳、清掃など複数の業務を受け持っている。小さな組織では忙しい業務を他の部門の従業員が手伝わないと、仕事が回っていかない。

(3) 顧客の数と組織の対応許容量・・・組織の対応許容量(キャパシティ)に限りがあるため、それに合わせて顧客数を絞るか、顧客がたくさん来たときはキャパシティを拡大できるシステムがなければならない。旅館の場合、部屋数が1つのキャパシティの限界になるが、花壱の場合、100%の客室稼働率では対応できない体制であった。TOC(制約理論)から考えれば、花壱の業務プロセスでボトルネックになっている業務のキャパシティにあわせて客数を絞り込む必要があろう。

(4) 女将をトップとするライン型組織

a 女将がトップに立ち、組織全体の経営を見渡す。1人の部下は1人の上司を持ち、最終的には女将が組織の最終的な命令を下せるようになっている。そのため、女将は経営、接客サービス、調理に関して責任を持たなくてはならず、従業員より優れた経験や能力が要求される。

b 女将の命令指揮権は各部門のリーダーを通じて、組織の末端まで行き渡る。小さな旅館の場合、板場などを除き、末端の従業員に対する命令指揮権も女将が持つ。