〜経営者の役割〜

第5回 学習する組織

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「行ってみたいところがある。それはぬくもりと安らぎ。そして、夢のある場所。」
第5話 「もっとも恐ろしい客」
(1) あらすじ

?広告を出すがなかなか客が増えない。そこで、倫子は雑誌の記事として取り上げてもらえるよう、雑誌「ボン・ボヤージュ」に取り上げてもらい、宣伝しようと考える。この雑誌は覆面調査員がツアーや旅館を厳しくチェックするため、調査員の不意の来訪に備えて準備し、従業員たちは最高のサービスを提供しようと考える。
いつもは客の少ない旅館だが、その日は殿山の広告が功をそうし、4組の客がやってきてしまった。そのため、誰がボンボヤージュの調査員か分からず、誰に最高のサービスをするかで従業員はそれぞれの思惑で行動し、旅館は混乱する。加えて、断水になり混乱に拍車をかけるが、従業員が一致団結で井戸水を汲み上げ何とか乗り切る。そして、もっとも調査員らしからぬ老夫婦から、花壱を選んだ理由を聞き、倫子はある決心をする

(2) ドラマのポイント
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?a 従業員は初め調査の受け入れに否定的であったが、なぜ協力的になったのか?

従業員たちは、ボン・ボヤージュが調査に来る→調査の結果が良い→記事を読んだお客さんがたくさん来る→売り上げが増加する→ボーナス、という倫子の楽観的なシナリオを受け入れた。倫子も従業員(勅使河原や篠田を除く)非常に単純だし、「うちの強みはお客さんが少ないこと」、「お客さんが少なくてよかったね」と能天気なところが笑える。

b
調査員と思われる顧客に対する各従業員のサービスは良いものか?また、調査員と思われない老夫婦への初恵の態度をどう思う?

問題点としては、篠田が指摘したように客によって待遇を変えること、サービス提供側の思い込みで押し付けがましいサービスをしていること、があげられる。客のニーズや支払う対価によってサービスを変えることはあっても、サービスの基本である「もてなしの精神」は平等に提供すべきである。老夫婦に対する初枝の行動、荷物を部屋まで持たない、説明がぞんざい、など、奉仕者(サービスマン)としての基本的姿勢であるもてなしの精神が欠けている。

c
断水に対しての倫子の行動が従業員をどう変えたか?

倫子は経営者として最後まであきらめないこととを宣言し、老婦人からの情報と従業員のチームワークで問題を見事解決した。この成果は従業員の間における経営者としての倫子の評価を高め、倫子を中心とした組織の求心力や、倫子のリーダーシップの受け入れにつながると考えられる。

d 老夫婦から花壱を選んだエピソードを聞き、倫子の意識はどう変わったか?

自分たちが提供するサービスが、その人の人生へ大きく影響を与えることから、一期一会の客との出逢いと、この旅館における顧客の想い出づくりを大切にする、というようなサービスに対する考えを学習した。このとき、彼女の中で、高邑の経営理念が、新しい学習によって具体的に彼女の理念として埋め込まれた。

e カメラを持った調査員らしい男の無礼な言動に対して、評価が下がることを恐れず、なぜ倫子は毅然とした態度をとったのか?

旅館は顧客にとって大切な想い出になる場であるべき、という倫子の経営理念から、後々の不利益を覚悟してあのカメラマンの男を追い出した。また、カメラマンの男の言動に前々からむかついていたのに加えて、従業員も倫子から老夫婦のエピソードを聞き、倫子と理念や想いをある程度共有していたので、一緒にカメラマンの男を追い出した。

f 良いサービス、顧客に評価されるサービスとは?

まず、サービス業としての基本的な接客技術は最低限不可欠である。また、顧客は何を求めて旅館へ泊まるのだろうか。骨休み、料理、想いでづくり、顧客が持つ多様なニーズを汲み取り、その顧客がもっとも喜ぶサービスを臨機応変に提供することである。サービスは供給者の都合や思い込みで提供されるべきではない。そして、提供されるサービスとそれに支払う対価のバランスが顧客へ受け入れられることも重要である。

g 勅使河原はなぜ倫子を女将として立派だったと褒めたのか?

高邑の経営理念を理解した上で、倫子は新しい経営理念を打ち出し、その理念に従って、老夫婦の想い出を大切にし、カメラマンの男に対して毅然な態度を女将として取ったことを誉めた。

h 従業員は今回の事件で何を学んだか?それが花壱の将来にどう影響するか?
顧客のニーズに従ったサービスを提供するもてなしの精神の本質や、何事も最後まであきらめないことを学習した。こうした学習は、多くの従業員が持っていなかった価値観であり、彼らの価値観の転換をもたらしたダブルループ学習(後で説明)にあたる。
2. サービス組織の本質
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?(1) サービス組織は人間が財産

a
サービスを生み出すのは人が多い

サービス業の特性として、顧客はサービスを生産され、提供されると同時にサービスを消費する、ということがあげられる。サービスの供給は機械(例:自動販売機)もあるが、多くは人間であることが多い。提供されたサービスの費用対効果もさることながら、サービスを提供する人間の印象で顧客満足度が大きく左右される。そのため、サービスを提供する人が重要になる。老夫婦に対して初枝が最初にとった態度は、顧客が花壱への印象を悪くすることになろう。

bサービス組織のアウトプット←生産性(量)×顧客満足(質)

サービス組織のアウトプット、例えば、利益を左右するのは、従業員がどれだけ効率よく働いているかという生産性と、そのサービスの結果、顧客が感じる満足度の影響を受ける。これまでの花壱における従業員の生産性はのんびりしている従業員も多いことから悪いと評価され、花壱から提供される料理、風呂、雰囲気は別として、仲居の接客などから生まれる顧客満足度も低いと思われる。

c奉仕者としてのもてなしの精神

サービス業の従業員は、直接顧客と接する部門の従業員はもちろん、直接は顧客と接しない従業員ももてなしの精神(ホスピタリティ)を持つ必要がある。もてなしの精神が顧客の多様なニーズを感じ、好感度のサービスを提供することになる。もてなしの精神は個人のもって生まれた資質とこれまでの学習から形成される。学習を効率よく行うこととサービス品質の維持のために、マクドナルドのようなファストフード店ではマニュアルを作り、従業員へ学習させている。しかし、良いサービスを提供したことで顧客が喜んでくれることへ、従業員が価値を感じてくれなければ、魂の入らないサービスや通り一遍等の融通の利かないサービスしか提供できない。

d従業員が学習して成長する→組織の進化

組織を形成する経営資源はいくつもあるが、サービス組織に限らず組織のメンバーである人が組織の成果へ大きく影響することは疑いもない。そのため、従業員が学習して成長することと、その成長を組織へ有効かつ効率よくフィードバックすることが、組織の成長につながる。

(2)顧客とのインターフェイスで重要なこと

a臨機応変

顧客のニーズは千差万別であり、しかも、時間の経過とともに変容していく。そのため、顧客と接しながら、顧客のニーズを掴み、自らが提供するか他のメンバーへ情報を提供する従業員は、顧客に対して臨機応変なサービスの提供を心がけなくてはならない。旅館の仲居は、顧客にサービスを提供する最前線に立っているため、特に臨機応変なサービス提供を必要とされる。最近のサービス業では前述したように、サービスの提供をマニュアル化している組織も多いが、マニュアルがあるがゆえにマニュアル通りのサービスしか行わず、顧客のニーズの多様性へ対応しきれない危険性もある。

bコミュニケーション

顧客のニーズを探り、臨機応変なサービスを提供する過程で発生するのが、顧客と従業員のコミュニケーションである。そのため、顧客と接する機会が多い従業員はコミュニケーション能力を持たなくてはならない。そのため、加賀谷のようなコミュニケーションが不得意な従業員は、サービス業には厳しい人材といえる。

cパーソナリティ(外見と内面)

従業員の外見は最低限、顧客の不興を買わないようにする。一方、内面に関してはコミュニケーションをスムーズにできるような知識とスキル、そしてもてなしの精神を持たなくてはならない。

(3)顧客満足と従業員満足の両立

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顧客満足と従業員満足のスパイラル

顧客へ満足をもたらすサービスは、従業員によっても生み出される。そのため、従業員が良いサービスを生み出すよう、動機づけを行わなくてはならない。動機づけは結果として、働きがいという従業員満足を高めるようにしなくてはならない。

b従業員が生き生き働ける環境と組織
?
従業員満足を生むには、良好な労働待遇と環境、良好な人間関係、仕事そのもののおもしろさ、組織における自分の存在意義といったものを配慮しなくてはならない。

c従業員満足を生み出すリーダーシップ

多くの経営者は顧客満足を高める努力は行うものの、従業員満足を高めることをあまり配慮しない経営者もいる。それでは片手落ちである。顧客を大切にするのと同様に、従業員も大切にする経営理念を含むリーダーシップをとらなくてはならない。それでは、顧客満足と従業員満足が対立した場合、どちらを優先すべきか?答えは難しいが、顧客なしには組織は存続し得ないゆえに、顧客満足の方が優先順位を高くすべきだろう。

「顧客満足と従業員満足のスパイラル」


3. 学習する組織
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1)組織学習とは?

個人が取得した知識とスキルを、組織で共有していく過程を組織学習という。
知識とはなぜ、という問いを理解するKnow-Whyで、スキルはいかにしてという問いかけを理解するKnow-Howである。

2)組織学習の動機

a 積極的問題解決学習

組織が抱える課題を解決しようということを動機にして、正の効用をもたらす学習をすることである。そのため、その解答が組織の中で保持されていくことが多い。今回のドラマで、みんなで広告を作ったことはこちらの学習。学習効果はこちらのほうが高くなりやすい。

b 不安除去学習

環境からの圧力で、負の効用を除去する学習である。例えば、調査員と思われる人間を見つけ、手厚いサービスをしようとした学習行動はこちらの学習である。

3)組織学習のサイクル

「個人学習のメカニズム」



「組織学習のメカニズム」



4)組織学習のレベル

a シングル・ループ学習

所与の状況(価値観や仮説)を変えず、方法のみを変える学習のことである。例えば、今回のドラマで、客は美味しい料理を出し、手厚くもてなせば満足してくれるという価値観を変えず、初枝、なぎさ、次郎が接客した学習の仕方はシングルループ学習である。

b ダブル・ループ学習

所与の状況自体を見直す学習をダブルループ学習と言う。ダブルループ学習のほうがシングルループ学習より困難であり、学習の結果の影響も大きい。今回のドラマでは、老夫婦への対応から、顧客のニーズを探り、ニーズに合ったサービスを誠心誠意行うというように価値観を変え、顧客へ接するようになったた従業員は、ダブルループ学習をしたといえよう。

5)学習志向の組織文化を創る

個人学習し、組織で個人の知識とスキルを共有するためには、経営者のリーダーシップも重要であるが、チームワークを重視するとか学習することを促す組織の価値観や経営理念があったほうが、学習が促進されやすい。具体的には、リーダーが率先して学習し組織で学習内容を共有する、組織の内外とのコミュニケーションの場を持つ、自由に考え、ものが言える雰囲気を作る、失敗を許容する、学習の成果へ報酬(経済的や精神的)を与える、などの手法が取られる。

4. 知識創造の経営
?1)経営資源としての知識

1980年代から、工業化時代に代わって、次の時代は情報や知識が主役になる、と多くの識者が主張するようになった。情報化社会、知識社会における組織の経営では、経営資源として情報や知識の重要性はいっそう高まっている。経営組織論の分野でも、知識へ注目が80年代から高まり、その後、野中一橋大学教授の提唱する知識創造理論で、知識経営が世界的にブームとなった。

2Capabilityと自己革新

a 組織に内蔵された、組織の基盤となる知識を生み出す動態的能力

b 組織の進化モデル=変異→選択的淘汰→保持

組織内の多様な、従来とは異なった知識が創造され、その中で組織を取り巻く内外の環境と適合する知識が選択され、組織の中で根づく。そのプロセスによって、組織は進化していくというモデル。変異を取り込むことが組織生存の鍵となり、変異を取り込む行為、すなわち学習が重要である。

3)知識変換のプロセス

a 暗黙知・・・経験、共時的、アナログ、主観的

b 形式知・・・言語、時系列的、デジタル、客観的

c 暗黙知と形式知のスパイラル



(4) 知識創造の4つのモード

a 共同化・・・例えば里子が篠田の料理人としての技を、板場の仕事を一緒にやりながら、自分の暗黙知となる熟練を習得していくモード。共体験する場を作ることが必要。

b 表出化・・・例えば、倫子が倫子の心の中にあるサービスの概念や花壱の経営理念を、老夫婦のエピソードを対話することで従業員と共有していくモード。

c 連結化・・・例えば、花壱にある分散した経営の情報を集め、勅使河原が花壱の経営状況の全体像を従業員へ伝えるモード。情報を組みあわせることが重要。

d 内面化・・・例えば、従業員が老夫婦のエピソードを倫子から伝えられ、サービスの本質を学習し、それを仕事へ活かして行くモード。形式知を実際に試す実験も必要となる。ボン・ボヤージュの調査員が来たとき、倫子、なぎさ、初枝は自然に、素晴らしい接客をしていた。これは内面化の学習がうまく行っていることを示している。

5)組織的知識創造プロセス

a 個人の知識が組織の知識へ展開されるプロセスは、以下の5つの要因によって促進する。

b 自律性・・・個人が組織外部から多様な情報を獲得できる程度。自律性が高いと、知識創造への動機づけが高まる。

c ゆらぎ・カオス・・・組織外部に対してオープンで、組織外部から入る情報で生じる、組織内部の知識に対する疑問や混乱が、新しい知識の創造へつながる。今回のドラマは、老夫婦のエピソードや厳しい調査員の来訪が新しい情報となり、花壱内部にカオスを生じさせ、組織学習が行われた。

d 情報冗長性・・・当面不要な情報が組織メンバーで共有される程度。従業員同士のたわいのない会話が暗黙知の共有を容易にする。花壱では従業員全員で食事をしているシーンがあるが、こうした場を作ることは重要である。

e 最小有効多様性・・・もっとも簡単な構造で最大の情報や知識を保持することである。女将を中心として、みんなで話し合い、情報や知識を共有している花壱の体制は良いが、勅使河原の知識をもっと共有できるように、学習会を開催するなどもあってよいだろう。

f 組織的意図・・・組織として何がしたいのかという使命、ビジョン、経営理念を明確化することで、組織メンバーへの関与を促し、知識を正当化する役割を果たす。倫子が打ち出した新しい経営理念は新しいサービスの姿勢を従業員へ促し、そうしたサービスをするための知識創造を正当化するであろう。