〜組織再生のマネジメント〜

「人生の勝負は、第二章から」

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第3回 サービス業の組織
第3話 「面川の涙」
(1) あらすじ

 面川が以前経営していたホテルを酷評した評論家の神崎が1日早く、八ヶ岳高原ホテルへやってくる。準備をしている最中のため、神崎の前で失態や施設の不備をさらけ出す。部屋のお湯はでないが、ボイラー技師の資格を持つ久山村はさぼっているため、修理できない。付近を調査しに行った神崎は山村に出合う。一方、地元の食材にこだわる料理長の小池と、一流の食材にこだわる面川は対立するが、面川は折れて小池の腕に託す。前菜のサラダも、メインの料理も神崎は残す。
 神崎は仕事中の山村を誘って、昼間山村と出会った星空の綺麗な場所へ行き、くつろいだ時間を過ごす。しかし、神崎は風邪を引き、山村の行動に対して他の従業員は迷惑がる。そして、神崎は2泊の予定を変え、翌朝早くホテルを後にする。後に残った従業員は意気消沈する。若月は従業員の失態振りを怒るが、面川は一生懸命頑張った従業員をかばう。面川は矢野社長から呼び出され、そこには神崎もいた・・・

(2) ドラマのポイント

a 予定より早く来てしまった神崎をあなたは受け入れるべきと考えるか。断るべきと考えるか?

連絡もなしに開業前のホテルへ1日早く来ることは非常識。よって神崎に翌日来て欲しい、と交渉することも可能である。しかし、1日遅くても状況が大幅に改善しないのであれば、逆に神崎を受け入れ、ホテルの不備があった場合、予定より1日早いから、ということを免罪符に使うことも可能。例えば、ボイラーの不調でお湯が出ない事も、明日までに修理する予定であった、と言い訳が可能になる。また、神崎は予定より1日早く来た引け目があるので、その不備を強く批判はできないはずである。面川は顧客の要望にできる限り応えるという観点から、神崎の申し出を受け入れたのであろうが、戦術的に見ても適切だったと思う。

b 仕事をサボっていた久美をあなたはどう注意するか?

なぜ、山村がこのホテルに雇用されているのかということ、山村が期待されている役割を強く認識してもらう。また、他の若い従業員からも、山村がいないと困るということを言ってもらう。

c 客と親しくする山村はホテルのサービスとして正しいことか。

顧客の要望に全て応えるのではなく、あらかじめホテルとしてどこまで個客の要望に応えるかの線引きをしておく必要がある。例えば、地中海クラブが経営するクラブメッド(北海道ではサホロリゾートにあり)のように、従業員が顧客を楽しませるために積極的に関わるホテルもあれば、顧客に対して決められたサービス内容を提供するホテルや個別的要望はコンシェルジェが引き受けるホテルもある。八ヶ岳高原ホテルでは、顧客の要望にどこまで応えるかを事前に決めていない事が、山村のような行動をもたらしたと考える。バーで顧客の相手をするのはバーテンダーの石塚の仕事で、特に女性である山村があそこまで相手をすることは適切とは言えない。

d なぜ、面川は失敗してばかりの従業員を誉めたのだろうか?もし、面川が従業員を若月と一緒に怒っていたら、従業員との関係はどうなっていたか?

山村の行動はホテル従業員としての常識が不足しているものの、ホテルのために神崎を喜ばそうという山村の善意から出た行動である。電灯を持って行った中原も、神崎に話しかけた石塚もホテルのためにという意識が根底にある。そうした彼らの行動を結果だけで断罪する若月のような言動は、従業員の意欲を削ぐことになりかねない。ただし、若月は厳しく従業員を注意し、面川がそれをフォローするという構図は、管理側の役割分担として適切。なお、本間が神崎に料理をなぜ残したのか、と尋ねたことは、小池のためにという発想での行動ゆえに、あまり評価できない。

e 「ホテルは箱じゃない、人なんだよ」

この言葉には100%同意はできない。 「ホテルは箱と、人なんだよ」というのが正しいと思う。ホテルは顧客を満足させる必要条件として、最低限の施設の快適さは必要不可欠である。しかし、施設だけでは顧客満足の十分条件にはならない。そこで重要になるのは、従業員が生み出す、もてなしのサービスである。この両者が欠けていたら、顧客満足は得られない。

f 神崎はなぜ、八ヶ岳高原ホテルを評価したのか?

八ヶ岳高原ホテルでしか味わえない、風景、料理、そして従業員のサービスがあったからである。しかしながら、従業員のサービスに関しては、プレオープンに来たホテル評論家に対しての特別サービスのように思われる。本格営業し、客が増えれば、あそこまできめ細かいサービスをするのは難しい。そこを過大評価していけないと考える。

2. サービス組織の本質
(1) サービス業の組織は人間が財産

a サービス産出の源泉は人に依存する部分が大きい
サービス業の特性として、顧客はサービスを生産され、提供されると同時にサービスを消費する、ということがあげられる。サービスの供給は機械(例:自動販売機)もあるが、多くは人間であることが多い。提供されたサービスの費用対効果もさることながら、サービスを提供する人間の印象で顧客満足度が大きく左右される。そのため、サービスを提供する人が重要になる。

b サービス組織のアウトプット←生産性(量)×顧客満足(質)

サービス組織のアウトプット、例えば、利益を左右するのは、従業員がどれだけ効率よく働いているかという生産性と、そのサービスの結果、顧客が感じる満足度の影響を受ける。

c 奉仕者としてのもてなし精神

サービス業の従業員は、直接顧客と接する部門の従業員はもちろん、直接は顧客と接しない従業員ももてなしの精神(ホスピタリティ)を持つ必要がある。もてなしの精神が顧客の多様なニーズを感じ、好感度のサービスを提供することになる。もてなしの精神は個人のもって生まれた資質とこれまでの学習から形成される。学習を効率よく行うこととサービス品質の維持のために、マクドナルドのようなファストフード店ではマニュアルを作り、従業員へ学習させている。しかし、良いサービスを提供したことで顧客が喜んでくれることへ、従業員が価値を感じてくれなければ、魂の入らないサービスや通り一遍等の融通の利かないサービスしか提供できない。

d 従業員が学習して成長する→組織の進化

組織を形成する経営資源はいくつもあるが、サービス組織に限らず組織のメンバーである人が組織の成果へ大きく影響することは疑いもない。そのため、従業員が学習して成長することと、その成長を組織へ有効かつ効率よくフィードバックすることが、組織の成長につながる。

(2)顧客とのインターフェイスで重要なこと

a 顧客のニーズ(必要性)とウォンツ(欲求)を理解する

顧客が望んでいるサービスをその場で理解する能力が、サービス業に従事する人間には求められる。こうした能力は一朝一夜で身に付くわけではないし、個人差もあるため、マニュアルという形で平均的な顧客のニーズとウォンツに応えるようにしているサービス業も多い。

b 臨機応変の判断と行動

顧客のニーズは千差万別であり、しかも、時間の経過とともに変容していく。そのため、顧客と接しながら、顧客のニーズを掴み、自らが提供するか他のメンバーへ情報を提供する従業員は、顧客に対して臨機応変なサービスの提供を心がけなくてはならない。旅館の仲居は、顧客にサービスを提供する最前線に立っているため、特に臨機応変なサービス提供を必要とされる。最近のサービス業では前述したように、サービスの提供をマニュアル化している組織も多いが、マニュアルがあるがゆえにマニュアル通りのサービスしか行わず、顧客のニーズの多様性へ対応しきれない危険性もある。

c コミュニケーション

顧客のニーズを探り、臨機応変なサービスを提供する過程で発生するのが、顧客と従業員のコミュニケーションである。そのため、顧客と接する機会が多い従業員はコミュニケーション能力を持たなくてはならない。そのため、加賀谷のようなコミュニケーションが不得意な従業員は、サービス業には厳しい人材といえる。

d パーソナリティ(外見と内面)

従業員の外見は最低限、顧客の不興を買わないようにする。一方、内面に関してはコミュニケーションをスムーズにできるような知識とスキル、そしてもてなしの精神を持たなくてはならない。

(3)顧客満足と従業員満足の両立

a 顧客満足と従業員満足

顧客へ満足をもたらすサービスは、従業員によっても生み出される。そのため、従業員が良いサービスを生み出すよう、動機づけを行わなくてはならない。動機づけは結果として、働きがいという従業員満足を高めるようにしなくてはならない。

b 従業員が生き生きと働ける環境と組織

従業員満足を生むには、良好な労働待遇と環境、良好な人間関係、仕事そのもののおもしろさ、組織における自分の存在意義といったものを配慮しなくてはならない。

c 従業員満足を生み出すリーダーシップ

多くの経営者は顧客満足を高める努力は行うものの、従業員満足を高めることをあまり配慮しない経営者もいる。それでは片手落ちである。顧客を大切にするのと同様に、従業員も大切にする経営理念を含むリーダーシップをとらなくてはならない。それでは、顧客満足と従業員満足が対立した場合、どちらを優先すべきか?答えは難しいが、顧客なしには組織は存続し得ないゆえに、顧客満足の方が優先順位を高くすべきだろう。

「顧客満足と従業員満足のスパイラル」


3. サービスの標準化と個別化
(1) Standard ProductsとCustomized Productsの考え

経済が成熟化すると、消費者のニーズは多様化する。消費者の中には従来の大量に生産される標準品(Standard Products)ではなく、自分に寄り合った特注品(Custom Products)を好む人も出てくるが、特注品はコスト高、価格高になる。そこで、1980年代中盤に、大量生産品と特注品の中間にある特別仕様品(Mass Customized Products)という概念が生まれた。例えば、CPUや記録装置を消費者が選択できるパソコン、部品を選んで組み立ててもらう自転車など、個々の部品は大量生産品であるが、組み合わせで異なった仕様品を作る製品である。こうした製品のMass Customizationの考えは、製品を差別化しながら、より低いコストで生産する戦略である。

(2) サービス業における標準化と個別化

a 標準サービス・・・製品で言えば標準品。サービス業ではマニュアル化されたサービスで、マクドナルドに代表される。標準サービスを行う目的は、誰でも一定水準のサービスを受けることを可能にする、企業として提供するサービスの質を管理する、サービス提供者の能力へ過度に依存しない、サービス産出効率を上げる、サービス産出コストを抑えることなどを目的にする。ドラマで言えば、支配人の面川が従業員たちを挨拶の訓練をしていたが、あれも標準サービスである。

b 個別サービス・・・製品で言えば特注品。顧客の性格やニーズに合わせて、サービスの内容を変える。カウンセリングやコンサルティングのように、相手と対話しながらサービスを提供できるものに多い。個別サービスを行う理由は、顧客が多様化し個別対応しなければ顧客満足を得られないからである。サービス提供者の能力へ依存する程度が高く、提供者や顧客ごとにサービスのばらつきがでやすい。サービス産出効率が低くなり、コストも高くなりやすく、提供するサービスの内容と料金に応じて適用するかどうかを決める。山村が神崎を外へ連れ出したのは、個別サービスである。

c 集団別サービス・・・標準サービスと個別サービスの中間に当たるサービス。顧客の属性やニーズに応じて、いくつかの集団に分け、その集団ごとに標準化されたサービスを提供する。例えば、本間が左利きの人には右利きの人とは異なったスプーンの置き方をしたのは、これに当たる。このサービスの長所と短所は標準サービスと個別サービスの中間である。

d 顧客へのサービスを個別化する程度は、サービス産出のための「費用<顧客満足度」が成り立ち、サービスの価格戦略と整合性が得られる点である。



e サービス内容・・・サービスの個別化を行い、顧客満足度を高める場合、サービスの何を個別化することがその顧客の満足度を高めるかを見抜く必要がある。例えば、神崎が高齢者で体調を崩すことをもっとも嫌う人であったら、いくら景色の良い場所へ連れて行ってもらっても風邪を引いたことで、満足度が低くなるかもしれない。山村が神崎と昼間話をして、神崎の価値観を見抜いてこうしたサービスをしているのであれば、彼女は優れたサービス提供者である。

(3) サービスの個別化と限界効用



a サービスの個別化を進めると費用が上昇する。その一方で、サービスの個別化を進めても、サービスから獲得できる顧客満足度の限界効用は逓減するサービスもあると思われる。

b 組織にとって、もっとも良いバランスは、顧客満足度が費用を上回り、Aが最大化するポイントである。ただし、その費用をカバーできるサービスの料金を設定し、需要が最大化するかどうかはわからないため、料金と需要はまた別に調査する必要がある。

c 組織が提供するサービスの個別化を進めるときは、おおよそで良いからサービス産出のための費用を算出し、顧客満足度を測定する。個別化されたサービスの各要素を付加するとどう費用が変化するかを測定し、費用線を描く。また、それらの個別化の程度が高くなると、どの程度顧客満足度が変化するかを測定し、顧客満足度を描く。費用線も顧客満足度の線も、直線になるか、曲線になるか、それはサービスの内容と顧客の消費パターンへ依存する。



d 描いた顧客満足度の線が限界効用逓増の形になると、まったくサービスを個別化しないか、サービスの個別化を推し進め、顧客満足度が費用を超える領域まで個別化を進める必要がある。

4. サービスの個別化を促進する組織づくり
(1) 顧客を個客と理解する
a 顧客をひとくくりにしないで、個人個人を見ていける姿勢が重要である。

b 顧客の個々のニーズに注目し、大切にするする価値観を組織全体で持つ。

(2) 柔軟なサービス提供の制度

a サービスの個別化には、サービスを提供する側の柔軟さが必要。

b 従業員に柔軟な状況適応型サービス提供能力を身につけさせる。

c 組織も従業員が柔軟に行動できるよう、権限の委譲、迅速な意思決定システム、従業員の支援制度、部門間の枠組みを超える協力、従業員の有機的な関係など、柔軟で有機的な組織構造を作る必要がある。ホテルのコンシェルジェは、状況適応型サービスを行えるように生み出された制度である。

d サービスの個別化にあたっては、ホテルならホテルのサービス水準と理念を明確にし、顧客満足を高める使命を持たせる必要がある。例えば、顧客からすすきのの風俗店を紹介して欲しい、と言われた場合、従業員をどう対応させるか。一流ホテルは知らないとやんわり断るか、コンビニで風俗誌を購入して欲しいと代替案を提案するであろう。サービスの個別化を進めても、ホテルとして守るべきサービスの水準と理念を守れるように、従業員を教育しておく必要がある。また、コストとのバランスも従業員に考えさせるようにしておくべきであろう。

(4) サービスの個別化を進めるための工夫

a サービス提供者の能力向上
サービスを個別化すると、画一的なサービス提供ではない、顧客やその場の状況に応じてサービスを変えていかなくてはならない。そのため、サービス提供者のサービス提供能力を状況適応型へ変え、それを向上させていく必要がある。そのため、組織全体でサービスの学習を行う制度や価値観を持つ必要がある。若月のようなサービスの枠組みを規定しまう上司の下では、サービスの個別化は望めない。

b 現場への権限委譲
相手や状況に応じてサービスを変えるので、サービス提供が顧客満足を高める使命から外れない限り、サービス提供者へ権限を委譲する必要がある。

c サービスの最低水準は維持する
サービスの最低水準、例えば、顧客を不快にしない、などを守る一方、コストを過大に費やさないなど、制約を設けた方が良い。

d サービスの個別化にかかるコスト負担と低減化
個別化を進め、顧客満足を高めても、採算悪化は避けなくてはならない。そこで、個別化に伴う追加的コストを料金に転嫁することと、機械による代替やITの導入、マニュアル化などでコストの低減や効率化を努力する必要がある。最近のホテルでは、顧客のデーターベースを作り、その顧客のサービスに対する嗜好をつかみ、従業員で顧客の情報を共有する工夫をしているところもある。

e ディテール(細部)にこだわる
例えば、顧客に対して名前で呼びかけることは、小さなサービスであるかもしれないが、顧客の満足度は向上する。

f リスクのヘッジと責任
サービスの個別化は、顧客のニーズを正確に判断しないと、顧客不満足を生じさせたり、採算を悪化させてしまう。そうしたリスクを組織でカバーし、最終的な責任を従業員ではなく、組織が負うシステムを導入した方が良い。

g リーダーとしての理念
リーダーである支配人が率先してサービスの個別化を大切にし、徹底していく。面川は「小さなホテルなので一人一人の顧客を大切にしよう」と常に従業員へ言っているのは、kの例になろう。