〜変革のリーダーシップ〜

第8話          10 11
1.組織の中の意思決定

(1) あらすじ

パリの超一流レストラン「マール・オ・ビュペール」からシェフのしずかに引き抜きの話が舞い込んだ。EU大使のコンスタンタンがしずかの料理を「マール・オ・ビュペール」のオーナーに絶賛したらしい。しずかは千石に相談し引き止めてくれることを期待するが、「料理人として名誉だから面接に行けばいい」と素っ気無く言われてしまう。原田はしずかを引き抜かれたら困ると心配するが、千石は他のシェフを雇えばいいと答える。原田はその千石に不満を覚えるが、それ以上にしずかは千石からあまり必要とされていないと思いへそを曲げて面接へ行くことにする。しずかに去られると困る従業員達はしずかを面接に行けないように画策するが…

(2) ドラマのポイント

a. 面接に行く決心をしたしずかの女心を考えよう。

「マール・オ・ビュペール」は一流フレンチレストランから誘いが来たことで、しずかののシェフとしてのプライドは満たされた。しずかは自分はベルエキップに必要不可欠なシェフで、特にしずかが好意を持つ千石は彼女の実力を高く評価しているだけに、強く引き止めに出ると予想していた。しかし、千石はあっさりとぜひ面接へ行けと、彼女の予想と反した反応であった。しかも、代わりのシェフを雇えば良い、とまで行っている。千石はしずかが思っているほど、しずかを必要としていないのではないか、と寂しい気持ちがしたのであろう。「嘘でも良いから引き留めて欲しかった」というしずかの言葉が、彼女の心情を表している。

b. なぜ千石はしずかに面接へ行くよう、勧めたのか?

千石はしずかのシェフとしてのキャリアを考えて、面接へ行くように勧めた。確かにしずかがベルエキップを辞めると店にとって大きなダメージがある。しかし、ダイヤモンドの原石であるしずかを見出し、磨き上げた千石としては、もっと大きなステージで思う存分の実力を発揮するしずかを見たかったのだろう。そうした気持ちから、彼女が本当に実力が発揮できる職場環境なのか、また、フォローは十分してくれるのか、わざわざ確かめに行って、マール・オ・ビュペールの日本店支配人に頼みに行っている。

c. シェフの代役を任された畠山の気持ちは?

好意を持つしずかのためとはいえ、今までスー・シェフで主役ではなかった畠山は、一時的とはいえシェフという厨房のリーダーを任され、権限と責任を与えられた。仕事における新たなチャレンジ、すなわち、職務拡大(調理の仕事の幅拡大)や職務充実(自己裁量権と責任の拡大)が、仕事に対してやる気があり、調理学校まで出ている畠山の動機づけになった。

d. しずかを引き留めることに熱心な従業員、熱心でない従業員、それぞれの心情を分析しよう。

しずかを引き留めるのに熱心なのは、原田、梶原、和田、稲毛、水原。一方、彼女の邪魔はしないようにしようというのは、千石と大庭。水原を除く原田たちは人間関係志向の強い人々で、しずかの退職は店の経営にとってダメージがあるだけでなく、かけがえのない仲間を失いたくないという気持ちがある。水原は経営の観点だけからしずかを辞めさせたくなかったのだが、カラーヒヨコ事業がうまくいきそうだと分かると店の経営への関心が薄れ、しずかに辞めてもいいと言動を翻したので、他の従業員とは異なる。また、稲毛は経営よりもしずかを愛する立場から、辞めて欲しくはないと思っている。千石と大庭は課業志向が強いプロフェッショナルなので、同じプロとしてしずかのシェフとしてのキャリアを大切にすることが彼らの価値観なのだ。大庭は多少他人のことには興味がない、という気持ちも見せているが。畠山はしずかに辞めて欲しくはないものの、しずかが転職を望むならばしかたがないというように思っているようだ。三条は同じ女として、しずかの気持ちを良く理解でき、しずかを引き留められるのは、つまらない工作ではなく、千石の言葉だと考えている。だが、そんな彼女もみんなの気持ちに引きずり込まれ、面接妨害工作へ一肌脱ぐことになる。

e. なぜ、水原から給料を上げてやると言われ、腹を立てたのか?

彼女にとって、給与を上げてくれるという事実が転職するか、店に残るかの意思決定に影響を与える事実前提にはなっていないのだ。しずかの気持ちを全然分かっていない水原にしずかは腹を立てている。

f. 水原はなぜカラーヒヨコのビジネスに固執しているのか?

水原は店の経営の主導権やリーダーの座を失い、三条も失い、家庭も不和になった。水原もベルエキップにはほとんど関心を持っておらず、総支配人にもかかわらず、「こんな店潰れてもいいもーん」としずかに無責任な発言をしている。水原に残されているのは、もはやカラーヒヨコだけで、唯一の心の支えになっている。

g. 千石は面接へ強制的に連れて行かれるしずかを、なぜ引き留めなかったのか?

千石はしずかが自分の意志で店に残るか、転職するかを決めればよいと考えている。そのため、「彼女の意志に反して店に残ったとしたら、そんな店に来るお客様がかわいそうです」、「転職を断ることは人生最大のチャンスを棒に振ること。それは彼女にとって不幸なことです」という発言をしている。千石の一連の発言を考えると、しずかの意志に任せると良いながら、シェフとしてのキャリアが一番大切であるという千石の価値観を押しつけているようで矛盾している。そんなことが気にならないくらい、千石はフレンチレストランで働く人間として、この転職話に魅力を感じているのだ。

h. 「カウンターに男と女がいたら、グラスがないと絵にならないだろ」と言ってワインを出す大庭の気持ちは?

プロのソムリエ大庭の価値観が良く現れている気障なせりふ。彼なりにしずかが戻ってきたことを喜び、千石としずかの仲がうまくいくように、と気を使ったのだろう。このシーンを見ていると、商売においての基本、すなわち脇役である従業員(このシーンでは大庭)が主役であるお客様(このシーンでは千石としずか)を盛りたてること、がよく分かる。

i. 千石としずかの関係は今後どうなる?

自分の理想のフレンチレストランを唐突に話し始める千石。それを「男が夢を語るときはくどいているんでしょ?」とからかい半分に、千石の自分に対する気持ちを探ろうとするしずか。しずかの質問には否定せず自分の夢を語る千石に、しずかは安心を覚えと期待を寄せる。そして、千石が理想とする店のシェフが女性であると分かったとき、彼女の期待は確信に変わった。二人の間では好きとか、愛している、という言葉は一言もないが、二人の気持ちは一つになった。

2.意思決定の意味

(1) 経営における意思決定の意味合い

a 人間のあらゆる行動にはなんらかの意思決定がある

例:しずかは千石と話すとき、口をきゅっと結ぶ。この癖も、以前、男にこの表情が可愛いと言われ、こういう表情を見せると可愛いと思われるという期待から、意思決定をしてこうした表情をしたことがあるのだろう。その後、好きな男と話すときは、こういう表情を作るという意思決定が定型(プログラム)化され、癖にまでなったと考えられる。

b 組織は意思決定のシステムである

組織は意思決定を必ずする人間による協働システムであるから、組織も意思決定を行うシステムが構築されていなければならない。

(2) 意思決定に対する考え方

a 経済学=経済人仮説
完全な合理性を持った人間が最適化による意思決定を行う。

b 人間関係論=社会人仮説
合理性を持たない人間が感情による意思決定を行う。

c 経営学=経営人仮説
3で詳細に説明する

(3) 意思決定の種類 (by Ansoff)
a 戦略的意思決定
社長や副社長といった経営陣が行う非定型的意思決定を主なものとする意思決定

b 管理的意思決定
部長や課長といった管理者が行う非定型的意思決定と定型的意思決定が混在した意思決定

c 業務的意思決定
一般従業員が行う定型的意思決定を主なものとする意思決定

3.組織の中の意思決定(Simnonの理論をベースに)
(1) 意思決定のメカニズム(下図を参照)

a 意思決定のプロセスに従って意思決定される

b 全ての人間行動には意識的、無意識的にかかわらず意思決定が前提にある

c 人間は全知全能ではないため、情報収集は限られた範囲であるし、代替案の策定や代替案の評価に対しても偏りが出てくる。

d 意思決定による行動の結果を評価検討し、次回の意思決定に結びつけるが、このフィードバックプロセスの優劣が学習能力に影響を与える。一度犯した過ちを何度も繰り返す、というのはこのフィードバックプロセスが不十分で、学習していないことになる。



(2) 制約された合理性

例:しずかは意思決定に必要な情報に関して、面接先「マール・オ・ビュペール」の情報や千石の本心を完全に把握していない。また、彼女の価値前提が経済的合理性だけでの意思決定を阻害している。

(3) 価値前提と事実前提
a. 価値前提=意思決定へ影響を与える人間の価値観

例:しずかは給与や店のステータスよりベルエキップの仲間と一緒に、特に千石と一緒に仕事をしたいという価値観を持つ。

b. 事実前提=意思決定へ影響を与える事実

例:しずかはEU大使のコンスタンタンに優秀なシェフとして認められ、「マール・オ・ビュペール」から誘われている事実がある。

(4) 満足化基準による決定
最適な意思決定ではなく、意思決定者が満足できるかどうかが意思決定の基準になる。

例:給与も7倍以上高く、一流と評価されるフレンチレストランへ転職しない選択は、経済合理性からすれば最適な意思決定ではないかも知れないが、しずかはその意思決定で満足している。

(5) 逐次的意思決定
満足できる意思決定にたどり着くまでに、意思決定のメカニズムを何度も使って満足できる意思決定を試みる。

例:転職せずにベルエキップで仕事を続けるという満足できる意思決定をするまで、しずかは何回も迷う。

(6) 定型的意思決定と非定型的意思決定
a. 定型的意思決定=これまでにあった同様の意思決定や類似した意思決定を基にして、過去と同様の意思決定を行う

例:料理のオーダーを調理する。調理の仕事は毎日の中で行う活動ゆえに、オーダーが入れば、誰に何を命令するかの意思決定は過去の経験を基にすぐに行われる。

b. 非定型的意思決定=これまでに経験をしたことがなかったり、わずかな経験しかないため、0から意思決定を行わなくてはならず、瞬時に満足できる意思決定が導き出せない。

例:しずかにとっていつも行っている仕事上の意思決定と異なり、転職の意思決定はめったにないため難しかった。

c. 意思決定におけるグレシャムの法則=定型的意思決定は非定型的意思決定を駆逐する

定型的意思決定の方が簡単なので、非定型的意思決定を避けたり、非定型的意思決定を行う必要がある状況でも定型的意思決定と同じように意思決定をしてしまう。そのため、経営者のように非定型的意思決定を中心に行わなければならない人は、なるべく定型的意思決定に関与させないようにし、例外的に起こる事象に対する非定型的意思決定に専念させる必要がある。
4.恋するシェフの意思決定

(1) なぜしずかが千石を???
仲間意識が異性としての関心に移行する、社内恋愛の典型的な例

分析:千石が店に来たときは、口うるさい嫌なオヤジと思っていたしずか。ところが、千石がしずかを一人のシェフとして高く評価していることを、しずかは納得し、千石を仲間として見るようになった。そして、名物料理「オマール海老のびっくりムース」を開発で協働し、成功に導いたことで、ベルエキップを一流店にするという共通の目的と価値観を共有し、コミュニケーションもスムーズになった。ところで、しずかは気の強い女で、自分より優れた、リーダーシップのある男に惹かれるタイプであるようだ。稲毛のような男にはあまり興味がないし、畠山でも役不足だ。店の中では千石が彼女の好みに一番近く、それに仕事上でのパートナーという身近な存在であることから、いつのまにか彼女は千石に恋をしたのであろう。

(2) 組織を離れるときの公式
(現組織からの誘因-貢献)<(転職先からの誘因-貢献)・・・しずかはこの公式が満たされなかったからベルエキップに残った

a. ベルエキップとマール・オ・ビュペールからの誘因を比較する

経済的報酬:マール・オ・ビュペールの給料はベルエキップより7倍以上高い

精神的報酬:スー・シェフといえ一流のマール・オ・ビュペールで働ける優越感 をもてる。しかし、ベルエキップに残れば、親しい仲間と働ける充実感、好意を持つ千石と一緒に働ける恋心、ベルエキップのシェフとして一流の店に再建するやりがいといった精神的満足感を得られる。

b. ベルエキップとマール・オ・ビュペールかへのしずかの貢献を比較する

ベルエキップは小さな店だけに、しずかの貢献の影響は大きい
               VS
マール・オ・ビュペールだとスーシェフとして組織へ貢献する

c 彼女は千石と一緒にベルエキップを一流の店にする夢を選択した

(3) しずかはベルエキップで働いていることに満足しているか?
a動機づけ要因が満たされているか

シェフとして自己実現(自己実現欲求)をしつつあり、ベルエキップの他の従業員から頼られている(尊厳欲求)。しかし、恋する女性としての自己実現はまだ満たされていなかった。

bベルエキップで働く事への期待が十分あるか
ベルエキップにお客が増えてきて、仕事でのさらなる自己実現が期待できる。そして、今回、千石の本心を知ることができ、女としての自己実現欲求を満たせる期待が膨らんできている。

(4) しずかの意思決定分析

Step1a 情報活動・・・マール・オ・ビュペールからの転職の誘いに関して千石から情報を得る
Step2a 設計活動・・・「面接へ行く」、「面接へ行かない」という2つの代替案を策定する
Step3a 選択活動・・・好きな千石から引き留められず面接へ行くべき、と言われ衝動的に「面接へ行く」という意思決定をする
Step4a 検討活動・・・あの言葉は千石の本心なのか、という気持ちからもう一度千石の気持ちを聞いてから意思決定をし直そうという評価をする
Step1b 情報活動・・・とにかく千石の気持ちを知りたい
Step2b 設計活動・・・「千石に引き留められたら面接へ行かない」、「千石に引き留められなかったら面接へ行く」という2つの代替案を策定する
Step3b 選択活動・・・もっとも欲しい情報を獲得できず、約束したからという理由で面接へ行く決定をする
Step4b 検討活動・・・面接へ行く車の中で後悔する
Step1c 情報活動・・・やはり千石と一緒に働き続けたいという自分の本心を再確認する
Step2c 設計活動・・・「面接を断り車から降りる」、「面接へこのまま行く」という代替案を策定する
Step3c 選択活動・・・「面接を断り車から降りる」決定をする
Step4c 検討活動・・・彼女はこの意思決定に一応満足して映画へ行く
Step1d 情報活動・・・千石とやっと話をする機会を持ち、彼の夢を聞く
Step2d 設計活動・・・自分の下した「面接へ行かないことが正しかった」、「面接へ行かないことが誤りだった」という代替案を策定する
Step3d 選択活動・・・「面接へ行かないことが正しかった」を選択する
Step4d 検討活動・・・彼女は千石の話を聞きながら幸せな気分になり、満足している気持ちから、「面接へ行く」、「面接へ行かない」という意思決定はここで打ち止めになる

(5) しずかの最終的な意思決定は合理的と言えるのか?

シェフとしてのキャリアや経済性を重視すれば合理的ではないかも知れないし、転職に関わるすべての情報を知っていないため合理的な意思決定が下せたかどうかは疑問である。しかし、恋する女性としては好きな男と、ベルエキップを一流の店にするという同じ夢に向かって一緒に働くというもっとも満足できる意思決定をしたことは確かである。

(7) ゴミ箱モデル(by March&Olsen)

多様な要素が意思決定に影響を与えるので必ずしも合理的な意思決定がなされず意思決定の法則性が見つけられないというモデル。しずかの場合、千石のしずかに対する気持ちがもっとも重要な意思決定要因であることが明確なので、通常の意思決定モデルの方が有効かも知れない。

(7) 現代の転職事情

a. ヘッドハンティング型…他社から好待遇で引き抜かれる

b. 仕事探索型…雑誌や新聞の求人広告から働きたい会社を探して応募する

c. コネ型…人脈を頼って転職

d. 天下り型…今いる組織の権威を利用して転職

e. 強制型…会社命令で子会社などへ転籍

'8) 転職上の注意
a
. 転職の場合、職務特定型(営業部員、経理部員、管理職といった)が多い

b. その職務の経験が無いならば30歳まで、経験がある場合は35歳までが公募転職の上限年齢。

c. 日本の場合転職するたびに規模の小さな企業になっていく傾向あり

d. 外から見るのと実際に働くのでは大違いなのでよく内情を調べよ

e. 転職したら職場や社内の人間関係をチェックせよ

f. 以前いた会社で築いた人間関係を維持しておけ

g. 多くの場合は即戦力として期待されるゆえに短期間で成果を挙げることが必要

h. 転職者の少ない職場では人間関係の構築が大変

i. 以前いた会社の話を自分からはしない