〜生活産業ベンチャー論〜

「浪速の夫婦サクセスストーリー」


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第10回 ベンチャービジネスの危機
第10話 「会社の運命を変えた秘策」
(1) あらすじ

アーム引越しセンターの仕事を取っていくアーイ引越しセンターに乗り込んだ真喜と賢太郎だが、そこで愛子と勇介がいるのを発見し、ずっと仲間としてやってきた愛子と勇介の裏切りにショックを受けた。

更に、アームの法人顧客名簿を持ち出していた愛子は、次々とアームの仕事を横取りしていく。アーイ引越センターは大口顧客にターゲットを絞り、合理的に仕事をし、利益を追求するやり方を採り、アーム引越センターの顧客を奪っていく。みるみるうちにアーム引越しセンターは仕事がなくなり、従業員に退職を進めるが逆に彼らに励まされ、真喜はまた頑張ろうという気になった。


(2) ドラマのポイント

a アーイ引越センターはなぜ料金を安くできるのか?

競争戦略上、真喜のアーム引越センターより安くする必要があり、料金を決め、それに合わせてコスト計算をしているのであろう。営業や引越の効率がよい法人顧客をターゲットにする、前払いで料金回収のリスクをなくす、1日に2件引越ができるように作業時間を決めて生産効率を上げる、基本料金とオプションを分けて基本料金を安く見せる、などで低費用、低価格戦略を採っている。

b アーイ引越センターが東京へ進出する戦略をどう考えるか?

経済の中心が東京で、市場規模も大きいので、東京進出は魅力がある。東京で引越業が十分育っていなかったら、競争優位を構築しやすい。また、大阪と東京というネットワークは法人顧客にとっては魅力があるかもしれない。しかし、大阪と東京では地理的に離れ、経営資源の共有などでシナジーも低く、東京進出はコストがかかる。アーイ引越センターにそれだけの資金があったのであろうか?

c 愛子は真喜を目の敵にした戦略を採るが、それはどういうメリットとデメリットがあるか?

メリットとしてはアーム引越センターというベンチマーク(目指す目標)があるので、アーム引越センターとアーイ引越センターを比較できるので、経営はしやすくなる。しかし、真喜を目の敵にしたため、目の前の的を倒すことでコストアップにつながったり(電話番号の買い取り、過度の低料金)、他の引越会社の動向への関心が薄くなり、デメリットが大きい。

d アーム引越センターに残った従業員はどういう気持ちだったか?

スパイをやっていた女性は除いて、創業当初から一緒に仕事をしていた仲間か、真喜の人間的魅力と会社の雰囲気に惹かれ、残った従業員だろう。

e アーム引越センターはなぜ創業から5年目で危機に陥ったのか?

会社を創業して3年くらいは、とにかく生き残ろうと必死で、多少の組織内の不協和音があってもまとまりやすい。5年経ち、売上も伸び、会社の組織規模が大きくなると、制度が官僚化したり、新入社員も増えて従来のような親密な人間関係が薄れたりする。組織内でも会社として生き残る事よりも個人的欲求を優先させる社員も出てくる。組織内の変化が危機を生み出す要因になる。また、ある程度売上が増えると、それ以上の売上を望むのが厳しくなり、新たな成長を目指して営業地域の拡大、取扱商品の拡大、新規事業など、リスクを伴う戦略を採らざる得なくなる。市場面でのリスクが5年目の危機を生み出す。
2. 組織が危機に陥るとき
?(1)事業や組織のライフサイクル

事業や組織は持続性を追求するが、いつかは終焉を迎える。人間で言えば寿命のようなものがあるという見方もある。人間は通常、誕生、幼児期、少年期、青年期、壮年期、老年期、そして死亡となるが、組織や事業でも誕生(導入)期、成長期、成熟期、衰退期と分け、それぞれのライフサイクルに合った戦略を取り、組織の構造や制度を変えていくというのである。



(2)組織が消滅する理由
?
a
経営資源が陳腐化して、価値が生み出せず、組織存続に必要な経営資源を獲得できない
?
組織が存続するには価値を顧客に提供していかなければならない。しかし、顧客にとっての価値は変化し、その変化に対応して、提供する価値を変えていかなくてはならない。提供する価値を変えるには価値を産み出す経営資源やスキルを変える必要も出てくる。ところがそれらが変えられなければ、産出される価値も変えられない。もしくは顧客の変化を気づかず、変える意図を持たずに、産出する価値も変わらない。そうなると顧客が価値に対価を支払わなくなり、組織の存続が危うくなる。顧客が減少し、売上も減少して、資金不足から経営破綻するのが典型例。

b
組織メンバーの不適応
?
組織が顧客などの環境に合わせて変化しなければならない。当然、組織で働くメンバーも変わらなければならないが、人間の行動パターンやスキルはすぐに変えられない。その結果、組織が環境適応できなくなる。例えば、郵政公社は国営から民営化の流れの中で、職員の業務のやり方や意識を変えさせようとしているが、苦労している。

c
市場の消滅

顧客が減少し、市場が縮小、消滅する。例えば、1960年代まで栄華を誇った石炭会社は石油への依存を強める国の政策変更で、顧客を失い、消滅した。
?
d
リスクへの対応失敗
?
地震や台風などの自然災害のリスク、不渡り手形の受け取りや業務上のミスのようなビジネスのリスク、法律への違反、などリスクの対応ができなかったり、失敗することで、組織自体が消滅する。生産地の不当表示をした雪印食品が会社を清算する羽目になった。

(3)リスクの原因
?a 人の管理の失敗
?
不十分な訓練や動機づけから、従業員の生産性が悪かったり、退職してしまう。

b
組織内部の葛藤による内部統合の失敗
?
愛子と勇介がアーム引越センターを退社したのが、こうしたリスクへの対応ができなかったことである。

c
取引先の危機が連鎖的に伝わる

取引先の経営危機で、債権を回収できず、資金繰りが悪化してしまう。

?d 自然災害や過失による損害

自然災害により活動が短期や長期に渡って停滞する。

?e 利害関係者からの脅威

ニッポン放送の買収を仕掛けた好まざる株主のライブドアは、フジテレビにとって大きなリスク要因になった。

f 法律への違反や反社会的行為

三菱自動車のリコール隠しや自動車のトラブルによる、売上の減少が良い例である。

g 外部環境の急変

経済や政治の変化による脅威

中国の反日運動は、中国を相手にビジネスをしている企業にとって大きな脅威となっている。

?(4)リスクへの対応

a リスク管理マニュアルの策定

リスクが生じると、パニックになり、不十分な対応しかできなかったり、誤った対応をしてしまう。そのため、想定されるリスクとそれに対応するためのマニュアルを策定しておくと良い。全ての想定と対応はできないものの、最低限、誰が、何を、どのように対応するかくらいは決めておきたい。

b 保険をかける

自然災害、製造物責任などに関しては、保険が販売されている。リスクによる経済損失を軽減する保険を活用する。

3. 組織の危機を脱する
(1) 危機の時に必要なもの

a 情報

危機が何から生じているのか、どう解決できるか、といった情報をしっかり把握し、組織メンバー間で共有する必要がある。

b リーダーシップ

危機の時は従業員は浮き足立つ。そのような状況ではリーダーが求心力を働かせ、一致団結して危機に対応させる。危機に対応する的確な命令と危機を脱した後の明るいビジョンを示す。

c 組織メンバーの結束

危機に直面すると、組織メンバーは不安になる。そこで、メンバーが結束し、危機に立ち向かうという勇気を持たせる。誰か一人でも危機から逃れるため、組織から離れようとすると他へその不安な気持ちが伝播する。

(2) 危機を脱する戦略と戦術

a 社会的存在・・・社会からその正当性を認められないと、存在し得ない。提供する価値の正当性が認められなければ、顧客を獲得できず、組織存続のための売上を得られず、倒産する。組織の活動が社会へ悪影響を与えるようなものであると、活動の規制や撤退の圧力をかけられる。

b 目標によって動いていく・・・目標のない組織はありえない。企業の場合、顧客の獲得(売上の確保)が目標になる。

c 意図的に調整された活動のシステム・・・メンバーがばらばらな活動をしないように、限られた経営資源を活用するために、リーダーがある意図の下に調整していく。

d 組織の外部との相互作用の中で活動していく(オープンシステム)高原のホテルという比較的隔離された空間であっても、取引業者との取引、ホテルへ来る顧客といった外部環境との相互作用は発生する。

(3) 組織の重要性

a 人材、食材、建物、資金といった経営資源を集め、サービスという価値を生み出す変換プロセスへ投入し、ホテルを黒字にするという目標を達成するための経済的価値を産み出すシステムになる。

b 個人ではできない価値を、協働することで産出する。支配人の面川だけではホテルを運営できないから、従業員を集めたわけである。

(4) 組織が成立する要件


a 共通の目的
組織のメンバーがばらばらの方向に向かって仕事をしても、組織としての良い結果は生まれない。そこで、組織の目的をメンバーへ与え、その方向に向かって働いてもらう必要がある。ホテルを再オープンし、黒字化するという目標が従業員に浸透しないと、各従業員は面川の指示に従って一生懸命働こうとしない。

b 組織メンバーの共通目的に対する貢献意欲
共通目的があっても、それに対してメンバーが貢献しようと言う気持ちがなければ、共通目的を達成できない。そのため、メンバーが共通目的にコミット(責任をもって仕事を成し遂げる)し、貢献をしたくなるように、動機づけが必要である。現段階ではホテルのために積極的に貢献しようという従業員が少なく、それが事業のスムーズな進行を妨げている。例えば、山村久美は不平を言い、仕事もサボる。こうした従業員をやる気にさせ、面川の掲げた目標へ貢献させる動機づけが重要である。

c 組織メンバー間のコミュニケーション
組織というのは、協働システムなので、経営者・管理者・従業員間の意志疎通が重要である。自分の意思を相手に伝え、それで行動してもらうためには、相手の考えを知っておかなければならない。第1話では従業員は互いに知らず、コミュニケーションが十分取れていない。そのため、協力して仕事をするのもスムーズに行かないし、ちょっとした一言が大きな問題に発展してしまう。

(5) ホテルにとっての支配人の役割

支配人は組織の目標を達成するため、従業員を組織目標に対して貢献させ、経営資源を有効に活用し、顧客を獲得するようにしていかなければならない。

(6) 八ヶ岳高原ホテルは組織として有効に機能しているか?

仕事のやり方、仕事への姿勢がなっていない。それは組織としての共通目標がメンバーに理解されておらず、各自がなれない仕事を各自の思惑で行い、質も悪く、組織としてのチームワークも見えない。コミュニケーションも十分でないため、協力し合う姿勢も見えない。
4. 組織立ち上げ期の成功の鍵

新たに組織を作る時は、組織を機能させるために必要なシステムを整えなくてはならない。今回、その準備ができていなかったため、八ヶ岳高原ホテルは従業員の中でトラブルが生じた。

(1)組織の使命、将来像(ビジョン)、目標を明確にする

組織はなぜ作られたのか、何をする組織なのかを明確にする。そして、その使命を達成するとどのような組織になるのかをイメージさせる。ビジョンを達成するためには、その過程でどのような目標があるかを示す。例えば、八ヶ岳高原ホテルの組織は、廃業したホテルを再開するために作られ、開業の準備と運営を担う。将来は小さいながらも、暖かい顧客に応じたサービスができる、独自の魅力を持ったホテルにする。そのためには、開業までは心地よい空間を作るための作業、開業後1ヶ月はサービスの安定化、開業後半年は単月での黒字化と徹底した顧客への認知、といった目標を明確にする。

(2)メンバー間のコミュニケーション

知らない人間が集まるわけであるから、コミュニケーションを有効に取れるよう、互いに知り、理解できるような機会を設ける。新入社員が入ると歓迎会を開くのも意味がある。

(3)各メンバーの役割と位置づけの明確化

組織の中で、誰がどのような役割を持つかを明確化しておく。そして、その役割に従って、組織の中ではどのような関係、上司と部下の関係、仕事上の協力関係、を示しておく必要がある。今回のドラマでは、中原や山村はペンキ塗りなどをさせられ、不満を述べていた。これは面川が彼らの役割、細分化された仕事をこなすだけでなく、ホテル立ち上げ全部に関わることを最初に明確化しておかなかったミスである。また、関や若月の注意が受け入れられなかったのは、彼らの言動もあるが、組織の中での役割や位置づけが明確にされておらず、どのような権利を持って自分に命令するのか理解できないため、山村らは反発したのである。

(4)組織の制度やルールの明示


組織が持つ目標を有効に達成するためには、制度やルールは必要である。それを組織のメンバーに明示し、周知することが大切である。できあがったばかりの組織ではメンバー間の信頼関係やチームワークも期待できない。そこで、組織メンバーの行動基準が各メンバーに任され、それが組織目標の達成を阻害することが懸念される。自分では常識と思っていることが、他人には理解できないこともある。今回のドラマでは、休憩の取り方が明示されていなかったため、山村は勝手に休憩し、煙草を吸おうとし、若月らが山村の行動や考えが非常識と非難した。こうしたことが起きないよう、制度やルールが必要である。ただし、想定されるあらゆる状況に対応できるすべての制度やルールが作られていることはない。そこで、新たな問題が生じたとき、どう解決するかの方法と、それを制度化やルール化するプロセスを作っておく。

(5)命令・指揮系統の整備

コミュニケーションは非公式なものと公式なものがある。組織にとって公式なコミュニケーションの一つとして、組織の目標を有効かつ効率的に達成するため、命令や指揮がある。命令・指揮系統を構築しておく必要がある。しかし、小さな組織だから、あまり固定的にして柔軟性を損なうのは避けるべき。

(5)協働の定着

組織が目標達成の成果は、適切な目標を設定することと(本項の(1))、協働がどれだけ有効かつ効率的に行えるかにかかってくる。そのため、協働を行うための整備、本項の(2)〜(4)、を行うと共に、実際に協働を行い、成功体験を得るなどして動機づけを行い、組織へ協働する価値観と実際の仕組みを定着させることも必要である。協働が成功すると、メンバー間の信頼関係が生まれ、それが次の協働の成功をもたらす。
 
5. 人材を集める
(1) 人材募集の方法
a 張り紙・・・ある特定地域で少数の人を集める場合、店や電柱に求人募集の紙を貼ったり、看板を設置しておく。

b 折り込み広告や地域誌・・・ある特定地域で多数の人を募集する場合、新聞の折り込み広告、地域のフリーペーパーやローカル新聞の求人広告をだす。

c アルバイト雑誌やネット・・・ある特定地域の若い人を中心に募集する場合、こうした方法がとられる。

d ハローワークや人材紹介会社・・・ある特定の技能を持つ人を少数集める場合、公共の労働者斡旋機関であるハローワークや民間の人材紹介会社へ求人を出し、紹介してもらう。

e 学校・・・新卒者を採用したい場合、高校や大学へ求人を出す。

f コネやスカウト・・・知り合いに声をかけたり、業界で優秀な人をスカウトする。ドラマでは面川が自分で歩いて人をスカウトしていたが、料理長やマネジャークラスならありえるが、一般の従業員をこうした形で集めることは普通はしない。

g 人材募集会・・・ある会場で複数の企業が集まり、就職フェアを開催し、人材採用のきっかけにする。

(2) 採用の考え方

a 人ありき志向・・・人材の採用枠や個人のキャリアを優先する採用の仕方で、採用基準は潜在能力や組織文化への適合性になる。新卒一括採用はこうした志向の代表例。

b 職務適合性志向・・・職務要件と人材要件に合わせて採用する。経験者の中途採用がこの志向の代表例になり、八ヶ岳高原ホテルの従業員は、こちらの志向で集められた人材。

(3) 採用のポイント

a 組織にとって必要な人材の数、求められる職務能力、人材の条件(性別や年齢、容姿や性格)、雇用条件を明確にする。

b 経営戦略との整合性を考える。本業の既存事業の拡大や新規事業への参入など、必要とする労働力が増える要因があるのであれば、増やさざるを得ない。また、社内の情報化を進めるために、ITスキルを持つ人材を採用するなど、事業の展開によっては特定能力に秀でた人材を採用する必要がある。組織の年齢構成への配慮も必要かもしれない。まず、経営戦略を考え、そこから必要な人材を採用する。

c 余剰に人を採用しない。人件費は業種によっては固定的で、占める割合が大きく、利益を圧迫する要因になる。そこで、必要な人材しか採用しない、という慎重な姿勢が必要である。バブル経済期には人手不足という状況に流され、必要以上に新卒者を採用し、バブル経済崩壊以降に、その人たちの人件費の増加や処遇に困っている。

c 採用した人が、組織の中で能力を十分発揮できるかどうかの適合性を、採用試験では見ていく。十分能力を発揮できないリスクを考え、試用期間やアルバイト採用を設ける慎重さも重要。