最終話前半            10 最終話前半 最終話後半
1.価値観の共有による経営

(1) あらすじ

従業員全員が再結集し、生産も軌道に乗る。久保田は本社への栄転の話を価値観の変化から断る。そこで、倉田専務は、九十九里浜水産缶詰工場を独立させて経営権を従業員へ売却する代わりに、久保田が本社へ戻るよう、説得する。再び久保田は悩み始め、それを見ていた大森が岩佐から久保田の本社栄転要請の話を聞き出した。工場従業員たちは相談し、従業員達だけで経営ができるところを示して久保田を本社へ返してあげようということになった。本社95%所有の九十九里浜水産缶詰工場の株式を、しじみが父からお金を借りて買い取ることにした。そして、久保田は従業員達の声援を受けて本社へ戻ることになった。しかしその裏で倉田専務は…

(2) 用語解説

a. 女性総合職…男女雇用機会均等法ができた1987年から女性にも総合職(幹部候補)の道が開かれた。しかしながら、女性を異端視する日本のビジネス社会や女性を活用する力のない企業によって、女性総合職も30歳前後で退職する例が多い。

b. 株主総会…年次決算や重要な経営上の案件を承認してもらうための年1回の株主会議

c. 取締役…本来は株主の代表であるが、日本企業の場合は、役員とか重役と呼ばれ、サラリーマンのあこがれの地位。

d. 経営権を渡す…本社保有の九十九里浜水産缶詰工場の持ち株を工場の従業員に譲渡し、従業員が経営を行っていく→Management By Out(MBO)という経営手法で、最近、こうした手法で事業部門や子会社を売却する事例をよく聞く。


(3)ドラマのポイント

a. なぜ久保田は本社への取締役待遇での復帰をなぜ最初は断ったのか?

「工場を気に入っている。サバカレーのヒットは従業員たちの力でヒットさせたので、私だけが評価されるのはおかしい。」と久保田は倉田専務に話し、「工場で働くようになって競争や出世に興味がなくなった。良い仲間ができた。価値観、大切なことの優先順位やあらゆることが変わった。」と久保田は岩佐に打ち明けている。倉田よりも岩佐に話した内容が久保田の本音と思われる。これまでのストーリー展開から見ても、工場で働く久保田は工場従業員たちと価値観を共有し、彼らと共に働くことが彼女にとって幸福だと考えていることが感じられよう。労働への誘因は単なる経済的報酬や昇進だけでなく、精神的報酬も重要である。精神的報酬として、彼女は仕事への達成感や昇進を重視していたが、価値観を共有できる仲間と一緒に働く素晴らしさを見出したのだろう。

b. なぜしじみは今が設備投資の絶好の時期と判断したのか?

工場は一度清算されかけたため、パート社員を解雇している。そのため、サバカレー生産を正社員11人で何とかこなしている状況で、増加する注文に応え切れていないと見られる。サバカレーのヒットにより月産20万個で、売上は卸売価格200円とすれば月商が4,000万円。固定費は350万円程度、原材料費は800万円、その他の缶等の変動費を考えても、工場の総費用は1,200万円から1,500万円程度を推定される。しかも、親会社の伍代物産が九十九里浜水産缶詰工場の負債を小湊銀行へ一括返済して買い戻しているから、金利支払いもなくなっているはずである。すなわち、2,500万円の経常利益が出ているため、1,000万円の機械を現金一括払いで購入してもキャッシュフローには問題がない。また、利益を出しすぎて税金で持って行かれるよりも、投資をして利益を圧縮する方が良い。一方、玄さんがいうように工場の今の生産能力だと、生産量と品質のバランスを取るのが難しい、限界的状況にあるようなので、財務面、生産面から設備投資のタイミングとしじみは判断したと考えられる。

c. 従業員は久保田を本社へ返してあげたいと考えたのか?

岩佐は「君は左遷されたんじゃない、旅をしてきたんだ。旅はいつか終わる。」と言っているが、久保田にとって工場は安住の地ではないと周囲の人間は考えているようだ。そして、従業員たちの議論を聞いていると、早川と小松川の若い2人は「仲間なんだから、工場長はここにいる」とストレートな気持ちを示している。しかしながら、しじみ、剣ちゃん、玄さん、三国はもっと彼女のことを深く思って「このまま工場長に甘えて、この工場に工場長を縛り付けていて良いのか。工場長は本社で活躍できる人。もっと大きな仕事を本社でして欲しい。」という主張をした。この4人は早川や小松川より大人で、久保田の将来のことを考えてこのようなことを言ったのであろう。こうした決断をするのは、久保田を愛している三国にとって辛いことだだったに違いないが、「好きだからこそ、あの人のことを想ってあげるんだ」と三国は自分の気持ちに踏ん切りをつけるように言った。三国の言葉に対して早川も小松川も同意し、コンフリクト(葛藤)に発展しなかったのは、全員で「仲間を想い、大切にする」という価値観を共有していたからである。そして、「コーチがいなくなっても終わりじゃない。始まりだ。」という三国の言葉の中に、久保田への感謝の気持ちと、工場の自立で久保田への感謝を示したかった従業員たちの気持ちが表れている。しかし、久保田が三国から従業員たちの真意を聞いたとき、泣きながらみんなと一緒にいたいと言っていたことを聞くと、当事者の久保田も交えて話をした合った方が良かった気がする。久保田はそんなに強い女性ではなく、本当は肩の力を抜いて仕事をして、愛する人に甘えながら平凡だけれど楽しく暮らしたいと思っているのではないか?それゆえに、やはり久保田の心情を尊重すべきだったのではないかと思うが・・・

d. 従業員達の自立の意思を告げられた久保田の心情はどのようなものだったのか?

「自分がこの工場に必要でないのか?」という辛さ、寂しさ、不可解さ、裏切られたような感情を持つと共に、「本当にできるの?」という不安があった。組織の中で働く人間にとって、自分の居場所がないという気持ちを抱くことは非常に辛い。だからこそ、従業員の久保田に対する態度の豹変はいただけない(ドラマを面白くする演出だからしょうがない)。久保田に対して従業員は、なぜそのような結論になったかを説明してあげないと、久保田が可哀相。

e. 三国から久保田に対する従業員達の思いを聞いたときの久保田の気持ちはどのようなものだったか?

「工場長に教わったことは、最後まであきらめない、立ち止まったら負ける、人の気持ちを守ってあげること。だから僕たちも工場長のことを思って考えた。みんなあなたのことが好きだから、本社でもっと活躍して欲しい。」と三国からみんなの久保田に対する想いを聞かされた。そこまで自分のことを想ってくれるうれしさがある反面、だからこそそんな素晴らしい仲間とずっと一緒に働いていたい、という気持ちが久保田の中に交錯したのではないか。家族や恋人に対しては深く思いやれる人は多いであろうが、職場の仲間に対してそこまで思いやれる人はいない。そんな職場を辞めたい気持ちにはならないよな。

f. 久保田に声をかけられた直人はどんな気持ちだったか?

複雑な家庭環境の中、直人は母親の愛情を十分受けていなかったのであろう。だから、年上の久保田が本社へ戻る段階になっても、直人への思いやりを示したことに感激したのではないか。直人は人員削減対象にされたり、久保田に対してはもっとも反発していた。しかし、今ではもっとも久保田に対して率直に好意を示している。

g. 別れを告げず電車で町を出る久保田と、それを見送る従業員達、彼らのそれぞれの気持ちを考えよう。

久保田は大好きな仲間たちとの別れが辛いから歓送会へは出席せず、瞳に「みんなに伝えて、幸せな夏だった」と言い、一人町を離れた。それを聞いた従業員たちは久保田に人目でいいから会いたくなって、電車の通る場所で送ろうとしたのである。お互いの声は届かなかったが、価値観を共有し、相手を深く想い理解し、尊重し、思いやる気持ちがお互いによく分かったに違いない。

2.価値観の共有による経営(Management By Value)

価値観の共有による組織統合がうまく行われているのが、宗教組織やボランティア組織である。民間企業でも価値観の共有により組織の力を高めることが可能と考える。昨今の日本企業の行っている人員削減は、価値観共有を阻害し、長期的な組織の力を衰退させる危険性がある。そのため、逆説的だが価値観の共有に依存しない経営へ転換していかねばならないという考えもある。

(1) 組織メンバーで組織の価値観が共有されるメリット…価値観とは物事の見方や考え方の傾向

a. メンバーの多様な意思を統一する核となる

b. メンバーが意思決定や行動の際の基準を共有する価値観から得られる。メンバー間でのコンフリクトが起きにくくなる。

c. 価値観という同じ土俵でコミュニケーションを取るので、コミュニケーションが容易になる

d. 組織の価値観に促した組織の目的に対しても共感をメンバーから得られ、その結果強力な貢献を引き出せる…組織の価値観と目的の一致

e. 組織の価値観そのものに惹かれたメンバーは仕事からよりも組織に貢献することに対して強く動機づけられる…価値観の共有は組織への帰属感や一体感を高める

f. 独自で魅力のある価値観はメンバーを鼓舞し、組織の競争優位の源泉となることもある

(2) 組織メンバーで組織の価値観が共有されるデメリット

a. 意思決定、行動、発想の多様性が低下する…いわゆる金太郎飴の状態

b. メンバーの組織に対する一体化が強くなりすぎ、個人の自律的意思決定や行動が制約される…一種のマインド・コントロール

c. 価値観を共有しない人や共有の程度が小さい人に対して、排他的になりやすい

(3) MBVのためには?

a. 価値の決定…組織の使命や価値を明確にする→組織にとって内向きな価値観だけではダメ。社会からの支持が得られる内容にする必要がある。また、個人の価値観とのギャップの少ない内容を組織の価値観にしておかないと、組織メンバーに共有させるのが難しくなる。

b. 価値観のコミュニケーション…組織の使命や価値について話し合いを行うことで理解を深め、浸透させる

c. 価値観の連携…組織の使命や価値を日常業務の実践と一致させる→言動の一致

d. 価値観による報酬…価値観に合致して組織へ貢献した行動に対して報酬を与える。反対の場合はペナルティーを与える。→管理的発想で好きではないが、かなり有効のようだ。

e. 価値観による選抜…価値観に基づき経営陣を選抜したり、価値観を共有できる人材を組織のメンバーとして迎える

(4) MBVの可能性

a. 組織メンバーを統合し、強力なコミットメントを引き出す…京セラ、本田技研、創価学会

b. 優れた価値観によって社会から強い支援を受けられる…ユニセフ、教会

c. 経済合理性を超えた組織運営や事業原理…NPO、生活協同組合

d. 組織の境界を越えた組織外の利害関係者(Stakeholder)の統合による、組織の産出価値増大…REI、木の城たいせつ→組織のメンバーの間だけで価値観を共有するだけでなく、取引関係のある外部の組織や人とも価値観を共有することができれば、非常に大きな力となる。

(5) MBVの限界

a. 価値観は組織生存のための必要条件ではあるが、十分条件ではない…価値観の共有を、具体的に競争優位をもたらす組織の経営資源や組織能力の向上につなげるシステムが必要。

b. 価値観(動機づけ要因)は組織メンバーの参加の誘因として十分条件ではない…民間企業では経済的報酬(衛生的要因)も考慮しなくてはならない

c. 組織の価値観を共有させられる規模の限界の存在…組織メンバーが増加するほど価値観の共有が困難になる。それはメンバーが増えるほど、組織の価値観とは異なる価値観を持った人が存在する確率は高まる。また、価値観共有のためのコミュニケーションを取り難くなる。

d. 価値観の固定化は環境適応の柔軟性を阻害する…多様化した複雑な経営環境には、組織の持つ価値観も多様化していないと適応を困難にさせることもある。しかしながら、組織の持つ価値観が多様化する場合、価値観に代わる組織を統合するものが必要。それは個人の目的達成を支援するような仕事の内容であったり、経済的報酬であろう。

〜価値観の共有による経営〜「コーチ」を事例に〜