第5話            10 最終話前半 最終話後半
1.組織の文化と象徴

(1) あらすじ

人員削減もうまくいかず、さばの仕入先変更騒動でさらに工場の赤字は拡大してしまい、久保田は頭が痛い。そこで、久保田は野球のグランドを売却して2000万円の累積赤字を一掃し、残りで手形の決済資金にしようと目論む。野球部のリストラもでき、一石二鳥である。グランドは従業員にとって心の拠り所であるため、反発する。源さん(西村)はグランドを売らせないようにするため、網元チームと賭け試合をする案を考え出した。賭け試合の内容は、工場チームが勝てばサバの仕入れ値を200円から100円へ、礼金も撤廃してもらえ、負ければ網元への礼金が2倍の40万円になる。源さんは自分の夢を守るため賭け試合に固執し、他の従業員も源さんの意地を応援することにして試合へ挑むが…

(2)ドラマのポイント

a. 仕事よりも、会社よりも従業員にとって重要な野球やグランドとは、彼のなんだろうか?

野球は従業員達が価値観を共有するための媒体であり、グラウンドは組織文化の象徴物である。会社という組織では、本来、事業活動の過程で組織文化を生成し、組織文化を従業員の仕事に対する動機づけ強化に利用されるのだが、九十九里浜水産缶詰工場では野球部の活動で組織文化が生成され、仲間を大切にする、チームワークことに対して強く動機づけされてしまった。これは組織文化の生成と方向づけにおいて、伍代物産から天下ってくる工場経営者がリーダーシップを行使せず、野球部のキャプテン三国の影響力が強かったからではないか。三国は野球に関して、「勝つために野球をやっているわけではない」と言い、「グランドは証、グランドがあるから集まって、辛くてもまた集まる」とも言う。野球にしろ、グラウンドにしろ、従業員にとって心の拠り所であり、彼らの価値観の象徴なのである。それゆえに、「無駄なことでも大切なこともある」と、三国は野球やグランドの重要性を指摘している。


b. 仕事も男も竹中五月に奪われた久保田は…

プライドが高く、勝ち気な久保田でも、恋人の岩佐にだけは弱さをさらけ出し、全幅の信頼をしていた。久保田が苦境の時に、恋人の岩佐がよりによって憎き竹中と浮気をしたことは、彼女のプライドをずたずたにし、非常に傷ついたであろう。久保田はクールに振る舞っていたが、かなり辛かったであろうことは容易に想像できる。久保田は信頼する人に裏切られる痛みを知り、この経験によって工場従業員達の心の痛みを理解しようと彼女からコミュニケーションを取ろうとする。源さんに話しかけているのも、単に傷ついた心を癒すためだけでなく、源さんの痛みを知ろうという姿勢がうかがえる。そして、岩佐に裏切られたことをきっかけに、工場従業員達が仲間を大切にし、信頼しあう人間関係を作り上げている素晴らしさに気づくようになっていく。


c. 大森にとって野球や工場の存在は?

別れた妻と大森の会話から、大森が仕事上の失敗から左遷され、エリートから転落したことを理由に妻が別れたことを推測できる。そんな大森の心の支えが、子供であり、工場の仲間であり、野球なのだろう。その野球をするグランドが売られてしまえば、子供に続いて心の拠り所を失う。そこで、賭け試合に挑むというリスキーな意思決定を提案することになったんだろう。「ヘボチームにはヘボチームなりの意地があるんだ。」という源さんの言葉は、妻にも言いたかったこと言葉なのかも知れない。人生においては予測不可能なことが起こる。そうした時に、心の支えになってくれる友人、家庭、趣味、が必要。特に家庭の存在が大きいから、結婚して良い家庭を築く努力をしよう。


d. なぜ久保田はグランドを売らないことにしたのか?

今まで野球を軽蔑したが、勝てない相手に必死に戦う従業員を見て、従業員の野球に対する思い入れの強さを知り、心を動かされる。会社に裏切られ、岩佐に裏切られて心がボロボロになった久保田にとって、勝てない相手(伍代物産)に挑んでいる自分の姿の重ね合わせ、従業員に対するシンパシーを感じた。そして、負けず嫌いの久保田ゆえに網元チームに負けて、打ちひしがれる従業員を情けなくなり、自分も、従業員も、工場もこのまま負けたまま終わりたくないという負けん気からグランド売却を思い立ったのだろう。

これを経営の意思決定から考えると、また異なった視点でドラマを見られる。このまま礼金が月40万円、サバの仕入れ値キロ200円では、土地を売却して累積赤字2,000万円を一掃しても原料コスト高から工場再建なんてとても無理だから、再試合で勝って挽回するというのは可能性は低いとはいえ、生き残るための戦略オプション。三国の言うように、久保田は元来「熱い人」なのかもしれない。また、岩佐に裏切られたと痛みをしることで、他人の痛みや心情を理解しようという気になったのかもしれない。従業員がグラウンドを必死に守り抜こうとする心情を理解し、そして、グラウンドは「仲間を大切にする」、「チームワーク」、「団結」といった工場の組織文化の象徴であり、その組織文化を尊重することの重要性を久保田は気づいたのであろう。野球とグランドを取り上げてしまったら、従業員の取り柄であるチームワークもなくなろう。久保田自身も、工場の組織文化の影響を受けつつあるかもしれない。一方で、組織文化の象徴を守るため、今まで自分たちから何かをやろうとしなかった、「なるようにしかならない」(三国は「ケセラセラ」という歌が好き)という考えの従業員たちがリスクを取って、野球に打ち込み、試合へ挑んでいった。そんな彼らの熱い姿を目の当たりにして、冷静な経営者としての久保田はそのパワーを工場再建へ向けられないかとも考えていた推測できる。今まで久保田は工場再建にとって野球やグランドは無駄で、仕事の阻害要因と見なしていたが、今度はそれを利用しようとする、従業員に歩み寄りながらも自分の目的を達成する高度な戦略と言える。組織文化の変革は、既存の文化の否定から出発することが多いが、そうではなく既存の文化の良さに新しい久保田の価値観を混合し、ハイブリットな強力な組織文化を創り、工場再建という方向付けすることを選択したのである。伍代物産では自分の言うままに、部下を自分の手足のように操っていたが、自分とは異なる価値観や意志を持った人間と協働していく方法を久保田は見出したのであろう。


e. この一件を境に久保田と工場従業員の関係へどういう影響を与えるだろうか?

保有する価値観に大きな隔たりがあったが、その距離が久保田の歩み寄りによって少し縮まった。今まで久保田はリーダーとしてうまくやれていなかったが、リーダーと従業員が価値観の共有をし始めたことで、組織として有効に機能していくであろう。組織が環境に対して不適合した場合、その原因の一つに組織文化の陳腐化が挙げられる。そうした組織文化の変革は強力なリーダーのビジョンや価値観をベースに一方向的に行われるとするのが、経営学で取り上げられる典型的な事例である。ところが「コーチ」では、工場長と従業員の間で双方向的な交流によって組織文化が変革されるというのがおもしろい。

2.組織文化

(1) 組織文化=組織のメンバーが共有する価値観集合体→文章等で明示されている場合と暗黙的に共有される場合がある

例:工場の組織文化は「仲間を大切にする」、「チームワーク」、「団結」、「なるようにしかならない(ケセラセラ)」か

(2) 類似概念:組織風土=組織の中の共有された知覚

例:工場の組織風土は「仕事に対するやる気のない雰囲気」とか「わきあいあい」

(3) 組織文化の役割(メリット):組織に共有される価値観は組織メンバーの意識を統合する機能を果たす→組織への貢献に関する動機づけになる+メンバーの判断と行動の基準となる+情報伝達の簡素化

宗教組織は組織文化によってメンバーから強力な貢献を導き出している典型例である。また、組織メンバーだけでなく、組織の利害関係者である株主や顧客と価値観を共有している事例、北海道国際航空、などもある。

(4) 組織文化のもたらすデメリット:組織メンバーの価値観が組織に強く統合される→組織への過度の思い入れ・依存+主体性の低下+画一的な判断・行動規準+価値観を共有しない組織外部への排他的姿勢

オウム真理教の一連の事件は、組織文化のデメリットが出てしまったと考えられる。

(5) 組織文化の生成…組織のリーダーの価値観、理念、哲学、行動パターンが組織へ浸透→組織文化→経営理念等の形で明示化される

三国の価値観(仲間を大切にする、が野球を通じて従業員へ浸透→組織文化として形成される→工場の壁に「団結」と書いた標語が張っているのは組織文化が経営理念として明示化されている例

(6) 組織文化の類型(加護野モデル)

a. H型…人の尊重といった価値観が重要視され、意思決定にはコンセンサス、意思の事前疎通、情報の共有が求められる。(日本企業)

b. V型…個人の自立や独創性が重視され、先行的な意思決定や行動を重視する。(ベンチャー企業)

c. S型…合理性と有効性が重視され、綿密に立案された戦略が行動規範となる。(米国企業)

d. B型…合理性と安定性が重視され、能率と職務の確実な遂行が行動規範となる。(公官庁)

(7) 組織文化の類型(Deal & Kennedyモデル)

a. マッチョ文化…成果がでる期間が短くリスクの大きな会社、例えば、広告代理店などの組織文化。

b. よく働きよく遊ぶ文化…成果の出る期間が短くリスクが小さい会社、例えば、自動車販売会社などの組織文化。

c. 会社を賭ける文化…成果の出る期間が長くリスクが大きい会社、例えば、石油探索会社などの組織文化。

d. 手続き文化…成果の出る期間が長くリスクが小さい会社、例えば、電力会社の組織文化。

(8) 組織文化の浸透方法…組織文化を強化することで組織の成果を高める

a. 儀式…本田技研(失敗を表彰して祝う)

b. 英雄伝説…松下グループ(こんな時、松下幸之助はこうした)

c. 象徴的事例…ロールス・ロイス社(フォーシーンズンズホテルでお客様の忘れ物を届けるために、勤務を離れ、自費で飛行機に乗り、無事忘れ物を届けた逸話)

d.シンボリックな言葉やモノ…「わいがや」(本田技研)+「野球」(九十九里浜水産缶詰工場)

e.社会化…教育訓練や評価制度

(9) 九十九里浜水産缶詰工場では野球とグラウンドが組織文化(「全力投球」、「団結」、「仲間を大切にする」)の象徴

本来組織文化は組織使命達成を助けるものでないとならないが、工場では組織文化の生成の経路と方向性に問題があって、工場の経営に対して組織文化がマイナスに機能しているかもしれない。これは工場の経営者である歴代の伍代物産出身の工場長が有効なリーダーシップを取っておらず、野球のリーダーである三国がリーダーシップを行使したからであろう。久保田が新しいビジョンで正しい方向へ従業員を導くようリーダーシップを行使すれば、「仲間を大切にする」、「チームワーク」、「団結」といった組織文化は競争優位の源泉になりうるであろう。

3.組織文化の変革

(1) 優れた組織文化

a. その組織の属する環境に適合する

b. 競争優位の源泉になる

c. メンバーへの動機づけが強い

(2) 強い組織文化

a. 強い組織文化の方がメンバーの統合が図れる

b. 組織文化の逆機能は強く働きやすい

(3) 組織文化の逆機能…強烈な文化は組織メンバーの視点を固定化する→環境が変化すると適応できなくなるかもしれない

例:「仲間を大切にする」組織文化→仕事でのサボりもなれ合いで注意しない+赤字で工場が潰れそうなときも人員削減の考えは出てこない

(4) 環境に適合して組織が生き残っていくために環境に合った組織文化への変革が必要

例:工場は赤字である→仕事に対して積極的な、競争意識を持った組織文化への変革

(5) リーダーによる組織メンバーの意識改革→組織文化の変革→新しい組織文化の生成→環境に適応

例:カルロス・ゴーン(日産自動車)の日本的なれ合い経営をおかしく思う異質な視点→新しいビジョンを提示し、強力なリーダーシップで日産自動車社員の意識変革→日産社員の中に危機意識と変革への意欲が生まれる→成果が出る→社員に自信が生まれる→新しい文化が生成される

(6) 組織文化はなかなか変わりにくい→異質な価値観を持ったリーダーが強力なリーダーシップで変えていく必要

「コーチ」は、久保田の価値観だけで組織文化を変革したのではなく、従業員との価値観の相互作用によって新しい組織文化が生み出されつつ、久保田によって仕事に活かせるよう、組織文化のパワーの対象を方向修正が行われていく物語と思う。

4.組織文化のダイナミクス

(1) 組織文化の形成や変化へ影響を及ぼすのはリーダー

三国は野球部のリーダーとして工場の組織文化生成へ影響を及ぼし、新しい工場長久保田の価値観が混合し、新たな組織文化へ変革していく。

(2) 組織文化の誕生・成長期

a. リーダーの思考様式が工場の従業員に浸透

b. 業績の悪化と久保田という新しいリーダーの登場で組織文化変容の機会を得る

(3) 組織文化の発達期

a. 組織文化は制度化され、意識されなくなり、統一性が弱くなる(「コーチ」スペシャル版の物語)

b. 組織文化の変革は計画的変革、新技術の導入、事件や神話(倒産が決まった後、みんなで「サバカレー」を作って大ヒットさせた)の利用

(4) 成熟期

a. 組織文化は新しい戦略を立案し、実行するときに弊害になるかも知れない

b. 組織文化の方向転換か破壊による新しい文化の創造

〜価値観の共有による経営〜「コーチ」を事例に〜