〜地域を変えるコミュニティビジネス〜

第10話          10 11
1.経営者の役割

(1) あらすじ

草壁が手に入れた新しい酵母は蔵の和を乱す結果になったが、新しい酵母を検討した杜氏は新しい酵母を使って龍錦の酒を造ると意思決定する。そんなある日、夏子は蔵人の藤田から経営者と酒造りの二足の草鞋は、蔵人にとって迷惑であると言われ、落ち込む。しかし、夏子は蔵人と一緒に働くことを選ぶ。杜氏が実家で倒れたことを杜氏の妻から聞いて、夏子は杜氏に休むよう申し入れる。しかしながら、高齢ゆえに来年の酒造りに参加できないかも知れない杜氏は龍錦の酒造りをどうしてもやりたいと夏子に伝え、夏子も杜氏の希望を聞き入れ、働き続けさせる。しかし、杜氏はとうとう倒れてしまう…

(2) ドラマのポイント

a. 新しい酵母を使うという杜氏の意思決定をどう考えるか?

下働きの草壁が進言し、一度は却下した酵母を使うのは、杜氏としてのプライドを傷つける行為だが、そうした事もいとわず草壁の酵母を使用する決定した杜氏はよりよい酒を造るためにはプライドや上下関係といったしがらみといったことに囚われず、一切妥協しないプロとしての姿勢とそういった風土を気にしない杜氏の真摯な性格を感じられる。また、新しい酵母を使うのは、リスクが大きいと思われるが、十分研究し、あえて挑む杜氏の考えは、年老いたとはいえ職人としての挑戦心を感じられる。

b. 杜氏の技術を盗もうとした草壁に対して杜氏はどう考えたのか?

若い頃、杜氏も早く技術を習得したいと思い、草壁と同じ事をやっていたので、草壁の気持ちは十分分かっている。そして、佐伯酒造にとって、草壁や夏子のような若者が新しい酵母のような役割を果たすことが成長につながるため、応援したいというメンターとしての気持ちがある。

c. 酒造りを体で感じたいから、と言って蔵で仕事をする夏子は経営者として適切か?

経営者の行うべき役割、戦略的意思決定が現場で仕事することで疎かになる懸念もある。佐伯酒造の場合、父が社長として経営しているので、夏子が現場にいても問題はなく、むしろ現場を知っておくことは経営者にとって重要なことなので専務に成り立ての夏子には必要な学習と言える。ただし、経営者が現場へ入り込むことに関して、良好なコミュニケーションが取れることから従業員の動機づけにつながることもあるが、従業員に十分権限を委譲している状況だと反対に従業員が煩わしさや経営者の介入を感じてしまう懸念もある。

d. なぜ、蔵人は夏子に一緒に飯を食おうと誘ったのか?

夏子が自分の夢である龍錦による酒造りに関わりたいという純粋な気持ちと真剣な想いを、現場の蔵人を尊重してくれていることを蔵人は理解した。そこで、同じ仲間として受け入れたいので食事の時は夏子に蔵のみんなと一緒に飯を食べて欲しいと言った。この経験は、今後、夏子が経営者として仕事をやっていく上で、現場の認知と信頼を得るという意味で非常に重要な出来事だったと考えられる。

e. 病気の杜氏を働き続けさせる夏子をどう考えるか?

夏子が病気の杜氏をみなに内緒で働き続けさせる意思決定は、様々な葛藤からなされたものである。まず、酒造りの設計図が杜氏の頭の中に入っているので、杜氏が療養のために現場から離れることは、今年の酒造りを止めることに等しい。経営者としては避けたい意思決定であるが、父が杜氏を療養させる意思決定をしていたのと同様に夏子も経営よりも杜氏の健康を大切にする気持ちであったと思われる。特に杜氏を実の祖父のように感じている夏子は、経営者としての厳しい視点は持てなかったと考える。しかしながら、兄が命と引き替えに手に入れ、言い尽くせない苦労の末に作り上げ、夏子だけでなく村の夢になった龍錦による酒造りを是が非でも成功させたいという想いを夏子と杜氏は共有していること。そして、その大切なパートナーである杜氏から、「今年を逃したら、龍錦による酒造りを二度とできないからやらせて欲しい」と懇願され、辛いけれどその真剣な気持ちに応えずにはいられなかった。もし、龍錦の酒造りの最中に杜氏が亡くなれば、夏子は一生その責任に悩み続ければならず、こうした意思決定を行うまで言い尽くせない葛藤があったにちがいない。

2.経営者の役割

(1) 経営者とは?

組織の内外の経営資源を活用して組織の目標を達成するための、株主、顧客、社会、従業員といった利害関係者に対する最高経営責任者であり、組織内部においては業務上の執行責任者である。

(2) 株主、顧客、従業員との関係

a 経営者は株主から経営を委任されている

b 経営者は組織を代表して顧客に対する全責任を負う

c 従業員に対してはリーダーシップを取る根拠があるものの、従業員の生活に対して責任を持たねばならない

d 組織を代表して社会に対する全責任を負う

e 誰を重視して経営するのか?

株式会社のシステムからすれば、経営者は株主の委任を受けて経営に当たるので、株主を重視した経営を行う必要がある。しかしながら、最近の議論では組織の利害関係者すべてに十分な配慮しなくてはならないといった考えも提示されてきている。

3.経営者の意思決定

(1) 組織の階層と階層的意思決定

a トップマネジメント(取締役)=戦略的意思決定を行う=組織のビジョンや目標、組織の成長の経路、経営資源の獲得と配分を決める

b ミドルマネジメント(部長、課長)=管理的意思決定=経営者から与えられた目標を達成する責任を負って、その目標達成のための経路、資源配分などを決定する。

c 一般従業員=業務的意思決定=管理者から与えられた目標の達成のために意思決定を行う

(2) 組織の中の意思決定

a 意思決定に対する多様な前提と制約された合理性

例:龍錦による酒造りに使用する酵母は、龍錦が幻の米だったゆえに、限られた情報と実験結果という制約された合理性の中で決定するしかなかった。

b 満足化意思決定

例:制約された合理性を基に「月の露」に使っている酵母ではなく、草壁の探した酵母を使用する意思決定を行った。もしかしたら、龍錦に合う酵母は別にあるかも知れないが、草壁の調べた情報や実験から草壁が手に入れた酵母で満足できる酒が造れると考え、意思決定をした。

c 様々な葛藤や対立を調整しながらの意思決定

例:病気の杜氏を働き続けさせることは夏子、佐伯社長の心の葛藤があったが、それを解決か、準解決して、杜氏に酒造りをさせる意思決定を行った。

d 定型的意思決定と非定型的意思決定

例:業務上における手順の意思決定のような繰り返し、頻繁に行う意思決定は、問題に対して解答が定型的にでてくるため、比較的楽な意思決定である。一方、龍錦にどの酵母を使うかという意思決定は今までの経験がなく、解答を出すためには試行錯誤しなくてはならず、難しい非定型的意思決定である。人間は非定型的意思決定よりも定型的意思決定を行う傾向があり、意思決定の中身の多くが非定型的になる経営者にはなるべく定型的意思決定をさせない配慮が必要である。

(3) 意思決定のプロセス(図はN.A)

a 問題解決思考

まず、問題があって、その問題を解決するために意思決定のプロセスが始まる。

b 逐次的意思決定

満足できる意思決定が行えるまで、何度も意思決定のプロセスを使って試行錯誤する。

4.経営者のリーダーシップ

(1)経営者のリーダーシップ

a. 組織の使命、ビジョン、目標、戦略を作る

b. 従業員を正しい方向へ導く

c. 従業員を動機づけて組織の目標へ貢献させる

(2)経営者のリーダーシップの源泉

a. 制度

例:夏子は専務という職位によって、蔵人たちの反発の中、草壁の探した酵母を検討するように杜氏へ命令した。

b. 能力、パーソナリティ

例:酒造りに対する夏子の真剣で、純粋な想いと、酒への味覚に対する評価から、酒造りにおいて夏子は杜氏と共に重要なリーダーシップを発揮していく。

(3) リーダーシップは受け入れられないと有効ではない

例:龍錦を村で栽培するために行使した夏子のリーダーシップは受け入れられなかったため、村人たちは田を貸さなかったり、龍錦の栽培を止めて欲しいと申し入れたりした。

(4) 葛藤(コンフリクト)の解決・準解決

a. 葛藤=合理的な意思決定のできない状況を解消するのもリーダーの役割の一つ

b. 解決=葛藤の原因を完全に除去し解決する

例:酒造りの最中に杜氏の病気が分かったことが夏子の葛藤であるゆえに、酒造りを止めるか、杜氏の病気を治すか、杜氏に代わる人間に酒造りを任すことが葛藤の解決になる。しかし、どれも難しいため、夏子は準解決の道を選ぶ。

c. 準解決=部分的な解決をはかったり、妥協して解決する

例:杜氏に薬を飲んでもらいながら、酒造りを続行してもらう。