〜地域を変えるコミュニティビジネス〜

第8話          10 11
1.コミュニティビジネスのビジョンとミッション

(1) あらすじ

夏子は荒木の和子に対する想いを知り、失恋してしまう。一方、龍錦の栽培に関しても区長である陣吉の父から妨害に合う。そこで夏子は龍錦栽培のための会合を再び開催し、龍錦1俵の値段を3割増で買い取る提案をするが、区長からはそれでも農家は損をすると言われ、「この村は変わらなくて良い。夢じゃ村は動きゃしない」と切り捨てる。
しかし、隣家の吉田さんが「夏ちゃんがうらやましい」という声が口火になって、夏子の龍錦栽培に賛同する声が続々と上がり始る。そして、それから1年、龍錦の稲穂が村一面に広がり、村は変わり始める…

(2) ドラマのポイント

a. 荒木の和子に対する想いを知った夏子の気持ちを考えよう。

夏子は四面楚歌の状況で龍錦栽培をし、家族を除いては荒木が夏子の唯一の理解者であった。また、夏子は荒木に対して恋愛感情も持っており、米作りで忙しい彼女にとって荒木とのデートは唯一の息抜きなのだ。その荒木がよりによって康男の妻で、義姉の和子に対して恋愛感情を持っていたことで、単なる失恋以上の衝撃があったと思われる。草壁、源さん、陣吉、冴子といった仲間がいたからかもしれないが、夏子は夢の追求と、彼女の持つ強さと明るさが彼女を立ち直らせた。彼女は失恋の痛みを忘れるために、龍錦栽培の普及と日本一の酒造りに没頭するであろう。

b. 陣吉の父はなぜそこまでして龍錦を潰そうとしているのか?

陣吉が農家を継ぐと最初に言い始めた頃はそれほど龍錦栽培に反対をしていなかった。ところが、陣吉が恋人から言われ、農家を継がないと言い出してから陣吉の父は龍錦を目の敵にするようになった。そうした私的感情を区長という公職によって覆い隠し、龍錦の栽培は農家の得にならない、他の農家へ外部不経済(簡単に言うと悪影響)を与える、という論理で潰そうとしたのである。そうした行動を取る内に、本当に龍錦栽培は害を農家に及ぼすと思いこむようになり、加えて夏子の言っていることは農薬を使用した自分たちの農業を否定されたと思い、しかも素人の女の子が幻の米を順調に育てたことも気に入らなかった。そして、ますます意固地になって、龍錦栽培を思いとどまらせるために、龍錦には連帯保証制度を適用しないとまで言い始めた。しかし、農民の中から龍錦栽培を希望する者が続出し、息子陣吉までに親父は古いとダメ押されてしまい、俺の時代ではないんだな、と認識し、会合の場を去っていった。父として偉かったのは、陣吉が自分を超えようとしていることを認め、田圃の一部を陣吉に任せた。そして、1年後の秋、父は陣吉夫婦と笑いながら龍錦の刈り入れをしていた。

c. 草壁の気持ちをうち明けられた夏子の気持ちは?

「私たち仲間だよ」と言った夏子の言葉に彼女の揺れる心が示されている。仲間だと思っていた草壁から突然告白された驚き、戸惑い、反面、多少のうれしさがあるかもしれない。でも、今は恋愛どころではない、ということで自分の気持ちを抑制しているのかも知れない。

d. 村の集会場で龍錦の栽培計画の会合を開く意味は?

草壁のこの提案は、実は的を得た者である。佐伯酒造で会合を開けば、佐伯のために龍錦を栽培してくれ、という感じになるかも知れない。しかし、村の集会場に夏子と父が出向くことで、村のために、あなた自身のために龍錦栽培を考えて欲しいという姿勢を示したことになる。

e. 会合での夏子の想い、区長の主張、陣吉の考え、農民たちの心境を考えよう。

夏子にとって農民を説得できる材料は夢しかない。彼女のビジョン、龍錦をこの村で栽培して、その龍錦で日本一の酒を造る、が農民に受け入れられるかどうか。今回は父から龍錦は従来の米の3割増で買い取るという経済的誘因が提示されたものの、区長の言うとおり、面積当たりの収穫量が減少し、無農薬ゆえに以前と比較して手間が非常にかかる。手間がかかる分の経済的誘因がなく、しかも連帯保証も受けられないならば、佐伯のために農民の得にならない龍錦栽培では納得がいかないという区長の主張は正しい。夏子もその問題に関しては合理的な回答を提示できず、夏子は敗北感を感じた。しかし、吉田さんの「龍錦をやってみたい」という発言がきっかけで流れは変わる。日本の農業の問題点として、農業をやっていても将来の明るいビジョンが描けないこともある。それだけに、確かに経済的には報われないが、明るいビジョンに向かってチャレンジする、という農業にやりがいを感じられることに魅力を感じたのだろう。夏子が苦労しながらも、幻の米を収穫したことに、農民としてのプロ意識が刺激したことも一つの要因である。同じような気持ちを抱いた農民が、保守的な村にも少なからずいて龍錦にチャレンジする。彼らが成功すれば、後に続く者は続出するであろう。

2.経営における統合

@ 組織や社会においての経営資源の統合と分化

統合:個別の要素をある一定の基準で束ねること。

分化:ある要素が多様化した要素に分解していくこと。

A 共有した目的達成のためには経営資源の統合が不可欠

組織や社会の目的を達成するために、経営資源を活用しなくてはならない。そのため、経営資源を集めて束ねて(統合する)相乗効果を生み出しながら、ある価値を生み出す必要がある。

B 統合のメリット

a 経営資源(人、物、金、情報)を束ねる=各経営資源間で相乗効果が働く協働のメリット

b 共有された目標へ向かって有効性と能率を基準に集中的な投入をしやすくする

統合することでベクトルの方向を定め、それに向かって投入できる。

c 資源の獲得から配分までを一貫して、集権的にコントロールできる

C統合の逆機能

a 権限が集中する集権ゆえに個別に、柔軟に適応しにくい

b 統合による多様性の低下が、環境適応能力を低める

D統合の手段

a 共有されたビジョン、ミッション、価値観

最近は人間の成熟度の高まりから管理よりも、ビジョン、使命、価値観といった精神的誘因で組織を統合していく経営手法が注目されている。

b システム・制度

以前は管理という視点からシステムや制度といった管理的視点で組織統合が図られていた。

3.ビジョンとミッションによる経営

(1) ビジョンとは

個人、会社、社会の将来を具体的にイメージしたもの。その将来像に、人は目標を知り、使命を感じ、夢を見出し、価値観を共有することで、将来像実現へ動機づけられる。一方、将来像から経済的報酬を予測し、ビジョン実現を実利面から動機づけられる。

(2) ミッション(使命)とは

個人や会社がその事業活動を行う本質的理由。ミッションが明確で、共感や支持をえたものであると、事業の成果は高いものになり得る。

(3) なぜ人は事業や組織へ参加するのか?

a.参加することから得られる誘因>事業や組織への貢献

例:吉田さんは龍錦栽培によって得られる経済的報酬(従来の米の3割増)とやりがいと夏子の夢への共感いう精神的報酬が、龍錦栽培によって発生する害虫被害のリスク、手間という貢献を上回ったため、「龍錦をやってみたい」と参加することになった。

b.誘因=経済的報酬(金銭・利得)+精神的報酬(指針、使命、夢、価値観、生きがい、働きがい等)

c.貢献=労働力・経営資源の提供

(4) ビジョンとミッションの共有による意識の変革

例:龍錦を村で栽培して、その龍錦で日本一の酒を造るという夏子のビジョンを共有したことで、農民たちは苦労しながらも、幻の米を作るというやりがいとチャレンジ精神を感じて、今までの明るいビジョンを描けない中での農作業と比較して意識は前向きになった。そのビジョンに向かって、自分がなすべきミッションを明確に理解し、良い龍錦をたくさん作ろうとした。

(5) ビジョンとミッションをベースにした協働

a.ビジョンとミッションを共有することでメンバーを統合する

ビジョンとミッションの共有は参加者の意識を1つの方向へ向けることになる。

b.ビジョンとミッションを共有することでより多くの貢献を引き出す

ビジョンとミッションの達成によって得られる経済的報酬と精神的報酬のために、参加者は努力を惜しまない。

c.ビジョンとミッションを共有することで意思決定基準と行動基準を統一する

ビジョンとミッション達成のために、参加者は意思決定し、行動するようになる。

d.素晴らしいビジョンとミッションでより多くの人の参加を得る

人が参加したくなるようなビジョンとミッションを掲げることが、組織にとって望ましい。ただし、そのビジョンやミッションを実現できないと、人は落胆して離れていく。

e.変革は痛みを伴うことが多いが、ビジョンとミッションが鎮痛剤となる

明るいビジョンを持っていれば、目先の痛みや不利益は目をつむれる。正しいミッションを持っていれば、実現に対して一生懸命になれる。

D ビジョンとミッションを共有することのデメリット

a.優れたビジョンとミッションを作れるか

優れていないビジョンとミッションを共有していると悪循環になって、組織を破滅に追い込む。

b.ビジョンとミッションを共有できない人を排除する傾向

ビジョンとミッションを共有できないと言うことで、有能な人材や多様な能力を持った人材を排除し、組織の環境適応能力を低下させるかもしれない。

c.ビジョンとミッションを浸透させるコスト

夏子を見る間でもなく、ビジョンとミッションを共有して貰うために、コミュニケーションにかける労力が必要である。

d.思考や行動がビジョンとミッションによって一様化し、変化へ適応しにくくなる

e.ビジョンとミッションを重視するあまりに実行案が軽視されやすくなる

夢は現実でないから楽しいため、現実の部分、実行案が軽視されてしまいがちである。

4.コミュニティビジネスのビジョンとミッション

(1) コミュニティビジネスの事業体内部のビジョンとミッション

コミュニティビジネスを行う事業体として、地域社会においてどんな組織になり、そこで働く人々と顧客へどんな価値を供給していくかというビジョンと、そのための理由を明確にする。

(2) 地域社会のビジョンとミッション

コミュニティビジネスの成果によって、地域社会をどう豊かにしていくのか、その理由を明確にする。

(3) ビジョンとミッションの発信

a 組織内部へはリーダーの語りかけ、学習でビジョンとミッションの浸透を図る。

b 地域社会へは日頃の活動を通じて、メディアを通じてビジョンとミッションの浸透を図る。

(4) ビジョン&ミッション・マネジメント

地域に根ざしたコミュニティビジネスは、地域社会のビジョンとミッションとの整合性を図りながら、自らのビジョンとミッションの共感と支持を得ていかなくてはならない。それが組織内部の人間を統合し、成果をあげることにつながる。そして、コミュニティビジネスの成果が地域社会の満足度を高めることになる。そのため、ビジョンとミッションは非常に重要である。夏子の酒では優れたビジョンとミッションの伝道師となって、酒蔵と集落の人々をまとめ上げていった。