〜地域を変えるコミュニティビジネス〜

第5話          10 11
1.日本の農業とコミュニティビジネス

(1) あらすじ

龍錦を育てようと夏子は孤軍奮闘する。翌年、龍錦の栽培を拡大するために、地域の農家に対して龍錦栽培の計画を話す会合を開こうとするが、冴子はこの村の農家は無気力で、無関心だから龍錦の栽培には関心を持たないと冷ややかにいう。夏子の同級生の陣吉に結婚を考えている女性ができたが、恋人は龍錦の栽培をするならば結婚を考え直すと言い、陣吉は龍錦栽培を断念する。会合の日、夏子は龍錦の栽培について村の農家へ説明するが、無農薬での栽培に対する反発や、契約金に対する関心だけで、幻の米を栽培するという夏子の夢に共感する者は少なく、会合は夏子の挫折感だけを残して解散してしまう。ある日、村では空中から農薬の散布が行われることになり、夏子は龍錦を農薬から守ろうとするが…

(2) 用語の解説

a. 契約料…酒米など特定の商品の原料として米を生産する場合、農協へは売買できないため、契約料を受け取って生産することで販売リスクを避ける。

b. 無農薬…エコロジーや健康ブームによって旧来の有機農業が見直され、無農薬や減農薬の米が人気を呼んでいる。ただし、価格は3割〜5割増で高い。

c. 空中散布…個別の農家で農薬をまくと効率が悪いため、ヘリコプターから農薬をまく。ただ、無差別に畑に農薬をまくため、他の生物が死んだり、ヘリコプターの墜落事故も後を絶たない。

(3) ドラマのポイント

a. 夏子と草壁の関係に変化はあったか?

夏子に対する冷ややかだった草壁の態度も変化し、夏子へ好意を抱いているようだ。夏子が「草壁君も(お酒が)好きなんでしょ?」と草壁に問いかけた言葉に対して、草壁は自分が夏子を「好きなんでしょ?」と尋ねられているように思いこんでいるところからも、草壁の心境の変化がうかがいしれる。男女間の想いだけでなく、草壁は夏子の夢に共感し、その夢へ積極的に参加しようとしている。

b. 義理の姉の和子はなぜ実家に戻ろうかと、迷っているのか?

和子は佐伯家とは血縁関係にはない、佐伯家の嫁の立場である。夫の康夫が亡くなり、彼女が佐伯家に残る積極的な意味合いは亡くなってしまった。しかも、義妹の夏子が康夫の夢を継承し、仕事に関しても父と並んでリーダーシップを取っており、和子自身も佐伯家における自分の存在意義を疑問視しているようだ。そのため、佐伯家を出て、実家に戻ろうかと考えている。

c. 冴子にとってこの村はどのような存在なのか?

現状に甘んじ、変わろうとしない、保守的社会風土を持っており、そんなところに諦めと苛立ちを覚えている。彼女自身も、そうした社会風土に対して不満を持っているが、自らが村を変えるよりも東京へ出ることを選んだ。そのため、夏子が村を変えようとしようとしていることに対して期待を持ちつつも、一方でどうせ無理だ、と冷ややかに見ている。

d. 龍錦栽培に夢を求める夏子と農家の意識の差を考えよう。

兄が命と引き替えに追い求めていた夢だから、夏子にとって何よりも夢の実現への思い入れが強い。また、夏子にとって米作りは生計のためでなく、酒造りの準備でもある。そうした思い入れがない、農民にとっては夢よりも、自分の生活の糧である米作りでどれだけの経済的報酬が得られるかへ関心が向くのはやむを得ない。夏子は若くて純粋だから、自分の視点からしか訴えかけをしていないので、農民の反発を買った。その点、夏子の父は長年村人と共に生きていたから、農民の気持ちも良く理解でき、夏子を一歩引き下がらせた。

e. 北海道の農業振興政策を考えよう。

いろいろ考えられるが、2つだけ指摘しておく。一つは「生き甲斐としての農業」で、農業をやることに夢を感じられる環境を作り出すことである。農業は人類最古の産業であり、生活に必要不可欠な食料を作る価値ある事業である。しかしながら、農業従事者の想いが消費者に伝わらない現在のシステムを見直し、作り手のブランドの確立による消費者と作り手の関係形成が必要であろう。また、夢だけで人間は生きていけない。「働き甲斐」のある農業、働いた分、報酬の得られる農業への変革も必要となる。すなわち、過酷な労働条件を緩和するような農業法人形態の導入、製造業の生産・販売ノウハウを活用した効率的な農業による安定した収入を得られるような改革を目指すべきである。どちらにせよ、農業従事者も税金で支援されてかろうじて存続できる、社会のお荷物としての農業であれば、生き甲斐も働き甲斐も感じられないであろうし、国民も過度な農業・農村支援に対しては疑問を感じつつある。農業従事者も国民も納得できない現在の農業を巡るシステムを壊し、新しいシステムを構築すべきであろう。

2.日本の農業

(1) 農業従事者の問題

a 若者の就業が少ない

日本の産業構造の変化によって、第2次産業や第3次産業の雇用吸収力が高まり、農業が若者の就業先としての重要性が低まった。また、農業が自然相手の産業ゆえに労働条件や経済的報酬が他の産業と比較して恵まれていないため、若者が農業へ就職する誘因は低下している。専業農家の長男である陣吉が役所の公務員であるというのは象徴的である。

b 高齢化

aの結果、農業従事者の高齢化が進む。源さんや冴子の家にある休耕地は、高齢化による働き手不在の問題を象徴している。また、農業従事者が多数を占める農村においては、高齢化は農業の衰退だけでなく地域社会の衰退をも招いている。そのため、農業が若者に魅力的な職場になりえなければ、日本の農業の衰退に歯止めがかからない。

(2) 田の売買について

農業従事者間の売買しかできないため、新規参入の障壁が高い。不景気から第2次産業や第3次産業での人員削減による失業者が増加している。こうした人々の雇用の受け皿にするために田の売買に関する規制は緩和したらどうか。もともと田畑の売買の規制は、江戸時代、戦前の農業における封建的支配制度を防ぐ目的であり、意味はあったと思うが、現代社会に果たして必要なのか。

(3) 農薬への依存問題

エコロジーブームによる無農薬や減農薬による有機農業が脚光を浴びている。我々の生命にかかわる食料に関しての安全上の要求は今後も続くであろうし、これはビジネスチャンスとしても大きいと思う。

(4) 農産物価格の問題

a 不安定な価格

農産物は市場を通じて売買されるものが多く、需給の影響を受けやすい。これを避けるためには、小売業者、飲食店、消費者といった需要者と長期契約を結ぶなどして、市場外の取引を増やすことが1つの解決策になろう。例えば、酒米に関しては事前に買い取り価格を酒造メーカーと農家の間で決め、酒造メーカーは安定した供給を確保し、農家は経済的安定を確保している。また、夕張メロンのようにブランド化し、only oneの地位を得ることも、不安定な価格から逃れる方法。

b 安い輸入農産物の増加

中国や韓国といった国が圧倒的な低コスト生産システムを背景に、日本への輸出攻勢を強めている。また、日本のメーカー、小売業者、飲食業者もデフレ状況への対応と低コスト優位構築のため、農産物の開発輸入に積極的になっている。これに対抗して一部の農産物では輸入制限の声が上がっているが、それは根本的な解決策になりえない。解決策としては日本の農業の高付加価値化か、低コスト化のどちらかの戦略であろう。龍錦のように手間がかかり、害虫の被害のリスクがある米は、農家にとって従来の米と比較して大変であるが、その分、付加価値が高く、経済的報酬は大きい。

c 米価の逆ざや

市場経済のメカニズム下においては、価格を需給以外の要因で決めると歪みが出てくる。米価はその代表例。

(5) 農業経営の問題

a 小規模

小規模ゆえに、家族で農業をやり、労働条件も過酷になる。また、大規模農業による規模の経済性のメリットを活かしにくい。

b 借金漬け

本当に必要な設備や機械だけに投資を行ってきたか。投資収益率を厳密に評価して投資をすべきであろう。

3.日本の農業改革

(1) 日本人は日本の食料と食料を供給する農業に関して、どのようなスタンスで望むのか?

食料に関しては安全保障の観点から自給率向上が、国民の間では共通認識になっていると思われる。しかしながら、無制限に自給率を向上させることは経済効率からすれば困難である。そこで、軍事防衛力と同様に、国内では必要最小限の食料自給能力を持ち、多くは農業輸出国と同盟関係を結んで安定した食料供給を確保するのも1つの道であろう。

(2) 競争力を失う日本の農業

a 国際競争力がない

b 日本の他の産業に対する存在意義低下

c 手厚い農業への経済的支援

(3) 日本の農業改革案

a 農業生産法人

封建社会における支配制度を打ち壊すため、戦後は自営農家を中心に、農業政策が進められてきた。しかしながら、自営農家では多額の投資、大量生産システムと大量販売が難しい。それを補うため、農協があるのだが、必ずしも農協のシステムが農家にとって望ましいものではなくなってきている。そこで、外部資本を導入、また、企業からの生産ノウハウ導入、販売提携などをしやすくするため、自営農家から法人組織化する考えも出てくる。また、法人化することで労働条件を改善し易くなり、若者が就業しやすくなる。多くの若者が就業しない限りは、日本の農業に未来はない。

b 農業の製造業化

日本の農家は農協から生産性改善の指導を受けているが、品質や収穫量の安定に関してはまだまだである。そこで、世界に誇る日本の製造業の生産ノウハウを取り入れることは、生産性改善と低コスト化の大きなブレイクスルーにつながる可能性がある。また、製造業の生産ノウハウだけでなく、原材料の調達から販売までのTQC(総合品質経営)や経営手法を学ぶことができ、農業にとって大きなメリットがあろう。ただし、日本の農家は小規模であるし、また、そうしたノウハウを積極的に取り入れ、投資をしていく展開していく意欲があるかは分からない。そこで、aのような農家の法人化が、改革の第一歩になるかも知れない。

c 農産物の高付加価値化

農産物が差別化をはかれないコモディティであるかぎり、価格競争から逃れられず、流通側に対して弱い立場に立たざるを得ない。そこで、差別化を図り、プレミアム価格で販売するために、農産物をブランド化する必要がある。例えば、魚沼産のコシヒカリと北海道産のきらら397では同じ米なのに、価格は倍も異なる。ブランド確立のためには独自性、高品質、安定した品質、消費者の認知といった要件を満たす必要がある。生産から販売に渡っての統一的な戦略と管理が必要となろう。

4.農業とコミュニティビジネス
(1) 農業の課題とコミュニティビジネス

日本の農業は、低付加価値と自然に左右される収入に悩まされている。その結果、農業は衰退産業で、魅力がないと思われているが、そうした課題を解決するためにコミュニティビジネスの視点による農業の高付加価値化へ取り組む例が見られる。高付加価値化の戦略は川下、すなわち、加工、販売へと最終消費者への接近による付加価値取り込みである。

(2) 生産-加工モデル

農産物を加工まで行うことで、製造業の価値を取り込もうというビジネスモデルである。例えば、自分の畑で取れたイチゴでジャムを生産する、酪農では牛の乳を牛乳やソフトクリームの原料にする、などがある。生産設備は多額の投資が必要となるので、地域で会社や農事組合法人を作って行うこともある。

(3) 生産-販売モデル

自作の農産物を直接販売することで、流通の価値を取り込もうというビジネスモデルである。北海道ではロードサイドで、多くの農家が果物や野菜を直売しているがまさにこのモデル。自ら販売することで、価格決定権を農家が持つことができ、また、消費者との対話から顧客志向の農業へ意識改革していくなどのメリットがある。また、農産物を加工し、それも販売する、ビジネスモデルの農業者もある。

(4) 生産-飲食サービス

自作の農産物を使って、それを食べさせることで、生産、加工、飲食サービスの価値を取り込む、もっとも付加価値が高くなるビジネスモデル。

(5) 複合モデル

上記のモデルを複合した形で行い、価値連鎖を垂直統合し、相乗効果を追求する。三重県阿山町で畜産を行う農事組合法人「もくもく手づくりファーム」は代表的な例。