〜競争の戦略〜

PART4     
1.競争と組織
(1) あらすじ
花子が正直屋の変革に成功していくと、居づらくなるのは顧客志向の価値観に転換できない店長や売り場のチーフだ。かねてから安売り大魔王の誘いを受けていた店長が朝礼の場で、店を辞めて安売り大魔王へ転職することを報告した。そして、正直屋は安売り大魔王に買収され、そのまま正直屋にとどまれば仕事がなくなる。そこで、自分と一緒に正直屋を辞めれば、安売り大魔王での職を保証すると従業員を説得する。揺れる従業員の気持ち。どうなる正直屋・・・

(2) 物語のポイント
a. 花子の組織変革によって、専務の五郎や従業員はどう変わったか?

以前と比較して、従業員に活気が出てきた。青果部門では閉店後小集団活動をするなど、自発的に自分の職務能力を高める努力をするようになった。自分たちの努力が顧客満足につながり、それで売上が伸びて、副店長の花子に認められる。精肉や鮮魚部門では、リパックなどの不正なことをしなくてすむようになったので、いっそう仕事に対しての意欲が出てきている。専務の五郎は店の売上が上がることで、経営に対してより関心を持つようになった。

b. 店長が辞めると言ったことは、店にどのような影響があったか?

店のトップである店長が店を辞めて、ライバル店へ移ると聞けば、五郎や従業員はショックである。それに加えて正直屋が買収され、潰れるなどと聞かされれば、ショックがいっそう強くなる。正直屋が潰れれば仕事を失う。不況の中での中高年の再就職が厳しいと認識しているから、店長が正直屋を辞めれば仕事の面倒を見ると言われれば、わが身可愛さで店長と安売り大魔王へ移りたくなるだろう。店長の話の持っていき方は人間の心理につけ込み、うまいと思う。

c. 花子が店長の辞職に動揺するの従業員を説得した方法を分析しよう?

事実でないことによって従業員が動揺しているので、買収の話は決まっていないという事実を明確にする。そして、今から我々の努力で身売り話も撤回される可能性を示唆し、自分たちの努力に意識を向ける。次に安売り大魔王の店の欠点や、そのような職場で働くことの辛さを訴える、ネガティブキャンペーンを行う。一方で、これまでの自分たちの努力と成果を思い起こさせ、仲間意識を呼び起こさせる。そして、最後に安売り大魔王は焦っており、正直屋が勝つ可能性があることを示唆する。花子の説得の仕方もうまいと思う。花子の下に駆け寄った人たちの順番は、花子との心理的距離の近さの順番であるようだ。

d. なぜ多くの従業員は正直屋に残ったのか?

正直屋で仕事へのやりがいを見つけたため、そのやりがいが期待できない安売り大魔王へは移りたくなかったのである。また、自分たちが正直屋で達成してきた変革の成果に対して誇りと自信を持っており、それを捨ててレベルの低い、自分たちの価値観と合わないあくどい商売をしている安売り大魔王へは感情的に反発している。

e. なぜ正直屋は繁盛するようになったのか?

花子が正直屋に就職して、「お客様にとって日本一の店」という新しいビジョンの下に組織を変革し、従業員を顧客志向という新しい価値観に向かって動機づけた。その結果、従業員の人的サービス能力が高まり、仕事の改善や変革への自発性を発揮した。従業員も以前とは比較ならないほど、仕事に対する意欲を高めた。また、業務のプロセスを見直し、生産性の改善とコスト削減に努めた。商品戦略も回転を早めて、商品の鮮度を維持する戦略に転換した。組織の変革に伴って、戦略も顧客のニーズを探り、よりよい商品をお値打ち価格で販売することで顧客満足を高め、顧客と店の信頼関係を構築した。そのためには商品調達にもメスを入れ、仕入コストの低下やより品質の高い商品の開発を図った。そして、競争戦略に関して、経営理念、商品、店の雰囲気、サービスにおいてライバルの安売り大魔王にとって弱点となるような差別化を行い、成功した。こうした努力が顧客に浸透し、正直屋は繁盛するようになった。

f. 安売り大魔王はなぜ来店客が激減したのか?

花子の競争戦略が成功を収め、安売り大魔王から正直屋に客が流れている。それまでの地域における一番店は安売り大魔王であったが、その地位を正直屋が獲得し、正直屋の商品のコストパフォーマンス(品質対価格)、サービス、商売のやり方がスタンダードとなった。そのスタンダードよりも低い水準しか達成できない安売り大魔王は競争劣位になり、弱者へ転落したのである。

g. スーパーの女から、スーパーマーケットの経営に関する成功の鍵をまとめてみよう。

簡潔に言えば、組織の経営資源と外部環境との適合を高める、有効な戦略の実行である。組織のリーダーシップ、従業員の意識の変革、生産性と収益性の改善に関して、顧客、商品調達、競争相手に対する戦略を、正直屋の具体例をあげて説明してみる。
2.弱者の戦略と強者の戦略
(1) 競争のポイント
a. 地域でNo.1を追求する
何かでNo.1になる。例えば、店舗規模、売上高、低価格、高品質、従業員の接客、精肉の品質、買いやすい店舗、など。自らの商売の中でNo.1になれる可能性を見つけ、そこへ集中的に経営資源を投入し、No.1になる。何かでNo.1になれば、それがその店の独自性になり、来店動機を高める。そして、No.1の項目を少しずつ増やし、差別化を図っていくのである。
正直屋では顧客の立場に立つという経営理念でNo.1を目指す。その象徴は生鮮食料品の鮮度で、それで地域No.1を目指した。No.1になれば、それだけで顧客を惹きつける魅力となる。少しずつ鮮度に惹かれた顧客が来客すれば、商品の回転が早まり、より鮮度の高い商品が売れる。生鮮食料品が売れれば、ついでに他の商品も売れていく。すべてが好循環に変わっていく。

b. 弱者や競争相手の弱点を攻撃する

安売り大魔王は新装オープン時から、同じ商圏の弱者である正直屋を攻撃した。弱者であれば、経営資源も乏しいので、同じ戦略を追求する力勝負になれば確実に勝てる。実際、安売り大魔王は正直屋の顧客を奪っていった。
一方で、安売り大魔王の弱点は、午前中の不十分な品揃え、顧客を騙した商売のやり方だ。当然商品の値段は安いものの鮮度や品質が悪かったりする。そうした弱点を正直屋は、午前中から野菜を値下げしたり、商品の鮮度にこだわったり、全品を10%値引きしたりして攻撃を行った。安売り大魔王は正直屋の弱点に対する攻撃に反撃したいが、鮮度にこだわれば今までのような低価格販売ができなくなるので、反撃はしにくい。ビール業界のガリバーだったラガービール(熱処理ビール)を主力とするキリンに対して、生ビールのスーパードライで攻撃したアサヒビールの戦略も、正に弱者の戦略である。キリンは生ビールを出して、アサヒビールの戦略に追従することで攻撃に反撃すべきなのだが、そうすればラガービールの否定につながる矛盾を抱えるために生ビールを積極的に売れなかった。その結果、アサヒビールのシェアアップを防げなかった。反撃しにくい弱点を攻撃するのが弱者の必勝法。

(2) 弱者の戦略
a. 差別化
商品、サービス、競争方法などで顧客にとって価値ある、安売り大魔王に対して差異を作り出す。

b. 一点集中戦略
正直屋は安売り大魔王に比較して資金が乏しいために、安売り大魔王に対して優位性を構築する分野を生鮮食品の鮮度に集中して戦った。

c. 一騎打ち
弱者は敵に回す相手を一つに絞りこまなければ、勝つことが難しい。一方、強者はその地位から多くの弱者を敵に回す可能性が高い。

d. 接近戦
正直屋は試食会などを開いて顧客との関係を密接にし、正直屋のファンを増やしていった。

(3) 強者の戦略
a. ライバルに弱者の戦略を採らせない
正直屋がおにぎりの食材で差別化しようとしたら、安売り大魔王はおにぎりを総菜と同じようにその場で作った出来立てのおにぎりを販売することで、正直屋の差別化を意味のないものにする。

b. ライバルと同じ戦略で追従する
正直屋が生鮮食料品の鮮度にこだわったら、安売り大魔王も鮮度にこだわった商品管理を行う。

c. ライバルの手鼻をくじき先手必勝
正直屋が全品10%値引きのお盆セールを企画している情報を安売り大魔王が事前に入手したら、正直屋のお盆セールの3日前に同じセールを安売り大魔王がやってしまう。
3.市場地位と競争戦略
(1)市場の地位(通常は市場シェア)によって採用すべき競争戦略が異なる

市場シェア(%)=企業の売上規模(金額か数量)÷市場全体の売上規模×100

(2)競争地位と競争戦略
a.「リーダー」(市場シェア1位)の競争戦略
規模の経済による低コストの優位の達成で、強者の戦略を採る。低価格による市場シェア拡大より、市場シェアの維持で収益性を改善し、市場全体の成長を図ることで売上と利益を伸ばす。
例:トヨタ自動車、マクドナルド、ナイキ、NTTドコモ、ダイエー

b.「チャレンジャー」(リーダーに挑戦する企業)の競争戦略
リーダーに対する差別化による優位で市場シェア拡大を図る。リーダーが反撃できない差別化ができるかが重要。
例:日産自動車、本田技研、アサヒビール、リーボック、イトーヨーカ堂、サティ、au

c.「フォロワー」(現状に満足してリーダーに対抗しない企業)の競争戦略
市場の中で自社の領域を確保し、収益性の向上を追求する。
例:マツダ、三菱自動車、サッポロビール、アシックス、アディダス、J-Phone

d.「ニッチャー」の競争戦略
製品、顧客、販売経路などで競争相手のいないセグメント(ニッチ市場)に特化して勝負する。
例:スズキ、いすゞ自動車、オリオンビール、小樽ビール、ホーキンス

(3)企業規模と収益性

  規模
収益性 リーダー ニッチャー
チャレンジャー フォロワー

経験則でよく言われるのが、企業規模と収益性の関係はU字型になりやすいと言うこと。企業規模が大きくシェアの高いリーダー企業と、小規模で少ないシェアのニッチャー企業は収益性が高く、規模やシェア中位のチャレンジャーとフォロワーの収益性が低くなることが多い。これは中途半端な企業規模とそこから産み出されるシェアだと利益が出にくいことを示している。なぜなら、大規模、高シェア企業は規模の経済、経験効果などから低コスト優位を構築しやすく、小規模、少シェア企業は経営資源をニッチ市場へ集中し、差別化集中優位を構築するからであると考える。

(4) ニッチ戦略のためのセグメンテーションの概念
a.セグメンテーション(市場細分化)戦略
ニッチ戦略を考える上で、市場を細分化することが求められる。そして細分化された中の特定市場のみをターゲットにしてマーケティングすることを特化戦略、ターゲット戦略と呼ぶ。
例:いすず自動車=自動車市場の中のSUV市場に特化

b.セグメンテーションの基準
顧客ニーズや顧客の購買行動、製品特性で市場 を細分化する。例えば、年齢・性別・収入・居住地域・職業・ライフスタイルといった顧客特性、価格・性能・品質・サイズ・色・スタイルといった製品特性が考えられる。セグメンテーションの留意点としては細分化の下限は採算の取れる規模で、上限は新規参入を招かない規模にすること。
例:自動車=用途+排気量+価格+スタイル+機能
4.正直屋の変革
(1)競争戦略の変革の理由
a 環境が変化したら古い戦略は合わなくなるなるリスクが高い
安売り大魔王が新装開店して競争環境が変わったので、正直屋の競争戦略は陳腐化し、顧客を奪われた。

b 戦略は必ずしも最適でないものが採用されることもある
専務の五郎は職人に気を使って、なかなかリパックの廃止による差別化集中戦略を採用できず、中途半端な差別化戦略でお茶を濁していた。

c 戦略が実行困難
流れ作業を嫌う職人がいるから、大量加工による大量販売が行えない。

(2)戦略を実行する組織の問題
a 人の問題(組織のミクロの視点)
人の意識は変えにくく、花子の改革が成功を収めていく中でも、店長や精肉のチーフは従来通りの自分たちのやり方に固執をしていた。

b 組織構造の問題(組織のマクロの視点)
各部門のチーフに権限を委譲しすぎた経営システムゆえに、花子の改革をなかなか店全体に浸透させられなかった。

(3)従業員の意識変革
a 現状の問題を認識させる
花子は五郎に正直屋の問題点を無意識に指摘して、五郎に経営の問題点を認識させた。

b 小さな成功体験を味合わせる
花子は青果部門のキヨちゃんに対して白菜の売新しいり方を提案し、成功したことで、キヨちゃんは成功体験を得て、それ以降、自ら研究して売上を伸ばそうとした。

c 新しい価値観を共有する
花子のやり方で成功した五郎やキヨちゃんは顧客志向という価値観を共有して、経営改革を進めた。

(4)戦略で組織を変える
a 業務システムの改革=バックヤードのリエンジニアリング

b 売場の権限委譲を縮小し、経営陣の権限を強める集権化を行う。

(5)望ましい方向に変革するにはリーダーシップが必要
a リーダーは変革のビジョンを示す

b リーダーは環境にあった新しい価値観を浸透させる

c リーダーは人の心を惹きつけなくてはならない

dリーダーは変革への障害を取り除かなくてはならない
・ 既得権
・ 慣性
・ 不安
eリーダーは変革のための戦略を提示し、実行させる

(5)変革できない組織は環境の変化に適応できなくなる
5.経営再建の戦略
(1)経営再建の戦略
a 固定費の変動費化
例:正社員を削減し、パートを活用し、売上に応じて人件費を変えやすくする。自社所有の店舗を売却し、再リースする形で減価償却費用を家賃支出へ変更する。

b 価値の向上でリピーターを増やし、売上を増加させる。
(3)を見よ。

c 従業員の意識変革
前節を見よ。

(2)固定費の変動費化
a トータルの人件費を低めながら、1人当たりの人件費(給与)の上昇
人員削減だけでは志気が低下するため、残った人材の動機づけのために成果給などで上昇させる。

b コスト意識を高める
従業員が無駄をなくす努力を各人で行う。

(3)価値の向上
a 組み合わせによる商品企画
野菜、魚、豆腐、たれなどの商品を組み合わせた鍋物セットなどの企画。

b 不必要な豊かさを取り除く
プライベート・ブランド(PB)などの活用。

c 得した感じを与える
ポイントカードなどの割引サービス。

d 顧客との相互作用関係を作る
固定客を集めた試食会や料理教室を開催する。

e 2対8の法則。
利益の8割をもたらす上得意客2割を確保するターゲットマーケティング。