〜競争の戦略〜

PART3     
1.競争戦略

(1) あらすじ

少しずつ花子の経営方針に賛同する従業員が増え、店に活気が生じ、花子の考えた商売の工夫が正直屋の顧客を増加させていった。ところが、顧客が増加すると、肉と魚の品出しが間に合わないという新たな問題が生じた。花子のやり方に反発している2人のチーフが、職人のプライドを捨てられず、生産性を改善できないのが原因である。また、正直な商売をしようとする花子はリパックを問題視するが、リパックを商売の工夫と考える店長たちと花子の対立が深まり・・・

(2) 物語のポイント

a. 「やることをやるだけやれば、たとえ正直屋の葬式に立ち会っても晴れやかな気持ちでいられる」と花子は五郎に言っていたが、どういう意味なのか?

花子の鮮度にこだわる戦略は、コストの上昇を招くために、売上が伴わなければ赤字が拡大する。鮮魚の鮮度にこだわったものの鮮魚が売れず、捨てていたシーンに見られるように、鮮度にこだわると売れ残りを捨てることが増え、商品ロスが増加し、赤字が拡大するリスクがある。そのため、鮮度にこだわる正直屋の経営方針が顧客に浸透して売上が増加する前に、赤字に耐えきられなくなって葬式、倒産に至るかもしれないのだ。それに対して、花子はこのままでは安売り大魔王に対してじり貧だから、やるだけやってみよう。やるだけのことをしているのならば、ダメ(倒産)でも晴れ晴れした気持ちでしょ、と五郎に決断を迫ったのである。経営者である五郎は、店の倒産リスクや職人とのしがらみがあるから、花子と違って戦略の転換に関する意思決定は慎重になって当たり前。ただし、花子の戦略は理にかなっているため、花子の経営方針に賭けてみようと思ったのだ。花子のやり方はかなり強引だが、トップダウン式に組織変革は一気にやる必要があり、正直屋もかなり追い込まれているから仕方がないとも言える。

b. リパックを止めることは、正直屋のどのような変化を示しているか?

リパックという顧客を欺くような商売を止めることで正直な商売をするという、顧客重視の経営理念の転換を従業員に明示した。また、リパックは主婦でもあるパート社員を中心に反発しており、そうした従業員の心情も大切にするという従業員重視の経営理念も明示したことになった。そして、リパックを止めれば経営的に採算は厳しくなるものの、鮮度重視の差別化戦略の実行に対する強い決意を五郎は従業員に見せつけたのである。この五郎の意思決定は花子と花子と価値観を共有している従業員の支持を受けるが、一方で職人気質のチーフと店長という守旧派を追い込むことになった。

c. 花子と鮮魚・精肉部門のチーフとの対立を五郎はどのようにして対処したらよいか?

まず、経営者は経営方針を明確にする。チーフの価値観は経営方針とは異なるため、顧客重視の大切さを説得、黒字化後の賃上げといった部分的妥協などで解決を図る。しかし、それでも新しい経営理念を共有できなければ、ペナルティーを与えたり、場合によっては辞職を勧告するしかない。経営理念に対して従えなければ、組織の規律が乱れ、結果として新しい戦略も不成功に終わる。顧客重視の組織文化も根付かない。そうしたリスクを考えると、他の従業員の反発を覚悟で辞職を迫る最終手段もやむを得ない。

d. なぜスーパーでは魚が売れないのか?

スーパーでは魚を処理し、パック詰めするため、魚の姿で売っている魚屋より新鮮さが劣るというイメージを消費者が持つのかもしれない。そうしたイメージを払拭するためには、鮮度の高い商品を供給する、試食会を行うなどのという地道な商売を行っていくしかない。

e. なぜ鮮魚部門のチーフしんちゃんはいけすの撤去時に切れて暴れたのか?

しんちゃんにとって、スーパーには職人はいらないと花子に言われ、魚職人としてのプライドの象徴であるいけすが撤去されるに至って、自分の存在意義が否定されたと感じたのである。自分のような職人が店には必要ない。今までの自信やプライドが傷つけられ、怒ったのだ。組織が大きく変革するとき、こうした摩擦は起こりやすい。

f. 安売り大魔王の社長が正直屋から職人を引き抜こうとするのはなぜ?

花子の競争戦略が一定の成功を収め、安売り大魔王から正直屋に客が流れている。そうした状況に対して、正直屋を買収して地域独占を狙う安売り大魔王の社長は、商売のやり方で正々堂々と競うのではなく、職人の引き抜きによる正直屋の経営の壊滅を狙った謀略に打って出た。これは安売り大魔王の社長の焦りから来た行動であろう。

g. 精肉部門のチーフが肉の横流しを見つかったときに、「上がやれば下だってやりたくなる」と言ったが、これはどういう意味?

上司である店長が仕入に絡んだリベート(賄賂)をもらうなど不正行為をしていたので、自分も不正しても良いと自分に都合の良い解釈をして私服を肥やす免罪符とした。上司の言動は部下に対して大きな影響を与えるから、組織の規律を保つために経営理念や倫理に反するようなことを行ってはいけない。肉の横領は犯罪行為であるから、精肉部門のチーフを即日懲戒解雇をして、けじめをつける必要がある。店長のリベート行為も背任にあたるかもしれないので、調査をして事実関係が判明した後にペナルティーを与えなければならない。五郎の取った処置は経営者としては甘すぎる。

h. なぜ花子は五郎とセックスをしなかったのか?

男女間の心情はさておいて、「専務の女にはならない」と花子が言ったことが花子の見識から最後の一線を越えなかったと思う。正直屋の変革は花子が担っているが、専務の五郎の後ろ盾が必要不可欠である。ところが変革者花子が後ろ盾である専務の五郎と肉体関係を持っていることが従業員に知れたら、従業員はどう思うか。正直屋の変革自体に賛同している従業員は変革の裏に何かあるのかと疑うかも知れないし、変革反対派の従業員は経営の公私混同に対して攻撃をしてくるであろう。そうなれば、正直屋の変革は困難になる。スキャンダルに巻き込まれた花子は店を退職に追い込まれるかも知れない。そうしたことを考え、セックスをしなかったのであろう。

i. 安売り大魔王が正直屋の買収金額を10億円にする意味。

正直屋の職人の引き抜きを画策する一方、経営戦略としての買収によって正直屋を傘下にする動きを安売り大魔王は強めだが、ここにも社長の焦りが感じられる。五郎の言葉によれば日商(1日の売上)は400万円に達し、経営再建は軌道に乗りつつある。あの弱気な五郎も2〜3年経てば年商(1会計年度の売上)20億円(日商600万円弱)に達すると予想している。そうなれば安売り大魔王の戦略、徹底した安売りや職人引き抜きで正直屋を追いつめ、傘下にすることで地域独占に持っていく。その結果、価格支配力を持って、高い価格で商品を売り、大儲けをするという戦略が崩れるのだ。そこで、急いで正直屋を買収しようとするのである。買収金額としては土地価格は分からないものの、営業中の累積赤字のスーパーをそのまま買い取るため、良い条件と考える。ただ、投下資本10億円に対して、売上が20億円になっても、投下資本回転率が2回転にしかならず、買い手の安売り大魔王にとっては高いかもしれない。それでも買収するのであるから、焦っているのだ。

j. 正直屋の新しい経営理念に馴染めに従業員の気持ちは?

今までのやり方が新参者である花子に否定され、精肉部門のチーフや店長は不正まで暴かれたため居心地が悪くなっている。かといって、スーパーの経営からすれば花子のいうことはもっとだし、不正に関しては身から出た錆なので、フラストレーションがたまる。そんなところで、安売り大魔王の社長に「正直屋はうらやましい。優秀な職人を抱えているから」なんて言われ、正直屋を辞めて安売り大魔王に来てくれと現金まで渡されて頼まれれば、心は動く。

k. 正直屋の戦略の転換は、安売り大魔王との競争にどのような影響を与え、今後競争がどうなっていくか?

正直屋の競争戦略が顧客重視の明確な意図を持ったものに転換し、その結果、成果を挙げてきている。それは安売り大魔王の安かろう、悪かろうという商売とは異なる、差別化されたものだからである。正直な商売をする、鮮度などの品質にこだわる、極端な安売りではないけれど品質に対して値頃感のある価格、価格よりも品質にこだわる顧客へのターゲットを絞るなど、安売り大魔王の弱点を突いた戦略で、まさに弱者の戦略の典型である。それに対して、強者である安売り大魔王は、正直屋の戦略に追従できない。正直屋の戦略に追従することは採算の良いこれまでの安売り大魔王の商売を否定するもので、そして、安さに惹かれて来店する顧客を失うからである。加えて正直屋は顧客重視の組織文化を作り上げ、店が顧客へ提供する価値をトータルで高めようとしている。組織文化に強い影響を与える社長が不正直な商売を奨励する安売り大魔王は、顧客重視の組織文化を形成し、顧客満足を高めることは難しい。
正直屋も鮮度に拘ることは、短期的にコスト高や業務上の問題を生じさせる。それをリエンジニアリングで、業務を流れ作業へ再編し、生産性を上げることで解決しようとしている。また、刺身や肉の解体など重要な仕事を若手やパートへ委譲することで、彼らの仕事に対するモチベーションも上がる。
正直屋の戦略転換に対して、安売り大魔王は競争戦略による対抗ではなく、職人の引き抜きという荒技を仕掛けてきた。また、正直屋の買収金額を10億円に上げて、買収を急いでいる。こうした一連の動きを見ると、安売り大魔王は焦っている。今後の安売り大魔王は職人の引き抜きのような搦め手からの攻撃を仕掛ける一方、さらに低価格戦略を推し進め、正直屋を乗っ取ろうとするであろう。一方、安売り大魔王と差別化した戦略を見出した正直屋は、安売り大魔王と正面衝突せず、生き残る道を見つけた。そして、どちらの商売のやり方が顧客にとってメリットがあるかを問い続ければ、正直屋が安売り大魔王を凌駕する日も近いであろう。


(3) 用語の解説

a. リパック・・・賞味期限の近づいた商品を、再びパックすることで新しい日付を入れて店頭に並べる。

b. リベート・・・取引に便宜を図ることで、見返りをもらう報酬(賄賂)のこと。スーパーの場合は、仕入に絡んでリベートを受け取ることが多い。

c. 小集団活動・・・閉店後、青果部門の従業員と花子が白菜を研究していたが、こうした自発的な業務改善のための活動を小集団活動という。

2.新しい経営理念とビジョンの創造

(1) スーパー業界の競争構造

代替業態の脅威、業界内の競争状況、供給業者との関係、顧客、新規参入の脅威、の5要因によって業界の競争状態が決まり、業界の収益性に影響を与える。業界の収益性は業界に属する企業の業績へ大きく影響を与える。スーパー業界に関しては、供給業者との力関係は消費不況からポジティブ(+)、顧客との力関係は消費不況やデフレ進行によりネガティブ(-)、新規参入の脅威は大手スーパーの倒産によってポジティブ(+)、代替業態の脅威はコンビニやワンプライスショップの台頭によりネガティブ(-)、
業界内の敵対関係はネガティブ(-)で、結果としてスーパー業界はネガティブな要因が多く、収益性は良くないと考えられる。

新規参入
の脅威
供給業者
との力関係
業界内の
敵対関係
顧客との
力関係
代替業態
の脅威


(2) 競争戦略の定石

4つの定石から1つの戦略を集中して追求することで、収益性を高める。「二兎追うものは一兎も得ず」ということわざのいうように、競争戦略は1つ選択し、それを追求する。だからといって、低コストと差別化はどちらか一方を軽視すると、他社に対して優位に立てない。低コストに関しては他社並みを達成しておく。それに加えて差別化で競争優位を達成する。差別化を軽視して低コスト優位構築だけを追求していると、製品・サービスの陳腐化によって優位性を持続できないこともある。










低コスト
優位
差別化
優位
低コスト
集中優位
差別化
集中優位
戦略のタイプ



A低コスト優位の戦略
経営資源の効率の良い使用、ビジネスプロセスの効率化などによって業界において他社に比較して低コストで生産できる企業。低コスト優位の源泉は規模の経済性、経験効果、範囲の経済性、ネットワークの経済性といった全社的なものから、製品・サービスの標準化や事業活動の効率化まで多様にある。低コストを達成すると他社と比較して低価格で販売したり、同程度の価格で販売することにより収益性を高められる
例:トヨタ自動車、ダイエー(価格破壊)、マクドナルド、松下電器

B差別化優位の戦略
製品やサービス上の価値ある特徴によって、業界他社と比較して高い付加価値からプレミアムを獲得できる企業。差別化優位の源泉は製品仕様、イメージ、技術、付加的サービス、チャネルなどがあるが、模倣されにくい差別化はいくつかの差別化要因を組み合わせることで達成する。差別化を達成することで、事実上の顧客囲い込みを成功させ、高い販売価格を可能にする。
例:本田技研、サティー(高級スーパー)、モスバーガー、ソニー

C低コスト集中優位の戦略
特定の分野(製品種類・地域・業務・チャネル等)に絞り込んで、低コストを達成している企業。
例:スズキ(軽・小型自動車限定で低コスト)、ラルズ(道央中心に出店して低コスト)、アイワ(低価格AV機器に限定して低コスト)

D差別化集中優位の戦略…特定の分野(製品種類・地域・業務・チャネル等)に絞り込んで、他社と比較して価値ある特徴を達成する。
例:AVEX(ダンスミュージックに特化)、CHANEL(高級品に特化)、東京の紀伊国屋(高級日用品に特化)、フレッシュネスバーガー、富士重工

3.スーパーの競争優位の戦略
(1) 顧客の創造と顧客満足(Customer Satisfaction)の追求

顧客のニーズや期待に応え新規顧客や離れていった顧客を獲得し、顧客満足を高めて固定客としていく。

(2) 何が顧客を惹きつけ満足させるのか

a. アクセス…立地・営業時間・駐車場

スーパー業界ではコンビニに対抗して営業時間が長くなる傾向にある。札幌市中心部にあるディナーベルは24時間営業。

b. 仕入れ管理…売れ筋商品をなるべく安く必要量を仕入れる→取引業者との効果的協動

c. 品揃え…欲しいものがすぐに手に入る→仕入在庫管理と商品の展示方法の工夫

d. 商品管理…価値ある商品を欲しい量販売する→価格設定・品質管理

e. 情報管理…顧客情報や販売情報を有効に使用し効果的販売につなげる

f. 接客…人的サービスの良い印象が決め手→社員やパートの教育、管理、および高い従業員満足が良好な接客をもたらす。特に主婦パートの戦力化が接客の印象を高めることになる。

g. 店舗管理…買い物しやすく好印象を与える購買環境を作る→店舗レイアウト・清潔感

h. 顧客管理…顧客の情報を収集して、顧客のニーズに対応して長期にわたって頻繁に来店して貰う。

i. 付加サービス・・・ポイントカード・宅配サービス・料理方法の解説などの付加サービス

(3) 徹底した顧客志向の価値観と組織文化の形成

顧客志向に徹しないと顧客満足の追求がおろそかになり、客足が遠のく。正直屋はその典型。そのため、スーパーに限らずどんな店でも顧客志向の価値観を従業員に浸透させようと努力している。しかし、リーダーシップの限界などから、全ての店が顧客志向の組織文化を形成できていない。君らも顧客を大切にしているかどうかという視点で、お店をシビアに見てみよう。

(4) スーパーマーケットの営業成績評価

A 交差主義比率=売上総利益率×商品回転率…儲け具合を商品のマージン(売上総利益率)と売れ具合(商品回転率)から測る

B 売上総利益率=売上総利益(粗利益)÷売上高

C 商品回転率=売上高÷平均在庫高
4.リエンジニアリング(Business Process Reengineering)
(1) 来店客が増えた「正直屋」での新たな問題点

鮮魚・精肉の加工処理部門がボトルネックとなる

(2) ビジネス・プロセス分析

事業における業務の流れを分析し、コスト削減や独自の付加価値を顧客に提供できる機会を発見する



(3) 職人気質を頑固に持ち続ける売り場チーフ

重要な仕事はチーフだけが行う→チーフの作業能力が組織のアウトプットを制約する

(4) 正直屋のリエンジニアリング=業務の再構築

職人が一人で重要な仕事を担当するのではなく、若手従業員やパート職人に分担させ、流れ作業によってバックヤードの生産性を改善する。

(5) 価値システムの視点から価値産出を高める業務の構築を図る

組織の価値連鎖(価値を産出する機能の集合)だけではなく取引業者や顧客の価値連鎖と連結し価値産出を高める

事例1:顧客からの情報獲得・・・顧客の価値連鎖との連結

正直屋の顧客の声を聞くことでニーズを知ることができ、葉つきのトウモロコシを現地直送で販売する新しいビジネス機会が発見できた。

事例2:鶴亀食品とのおにぎりの開発・・・生産者の価値連鎖との連結

顧客のニーズを良く知る正直屋の情報は、鶴亀食品にとってもメリットがある。そして、正直屋にとっても鶴亀食品に顧客志向の価値観を共有してもらうことで、鶴亀食品の商品品質向上で顧客満足を高められるメリットを得る。