〜競争の戦略〜

PART1     
1.経営戦略の概念

(1) あらすじ

五郎(津川雅之)が専務をするスーパー「正直屋」の近くに「安売り大魔王」というライバル店が出店した。「安売り大魔王」は食料品を中心としたディスカウント・スーパーである。ライバル店が気になり、「安売り大魔王」の店頭を視察しに行った五郎は、売り場で幼なじみの井上花子(宮本信子)と再会する。花子は主婦の目から「安売り大魔王」は価値ある商品を安く販売しているのではなく、価値の低い商品を安く売っているだけと厳しい評価を下す。花子の分析力に感心した五郎は業績のさえない自分の店「正直屋」に花子を連れて行き、評価をしてもらったところ「このスーパー、もう少しで潰れるね。」と言われてしまった。そんなある日、「正直屋」のオーナーである五郎の父が亡くなった。線香をあげにきた「安売り大魔王」の社長(伊東四郎)が、「正直屋」の買収を五郎の兄弟に提案する。五郎は反発するが、兄たちは店売却に色気を見せる。死んだ父親に代わって店の経営を行う五郎は、スーパーに詳しい花子に手伝ってもらって「正直屋」の再建を目指すが…。

(2) 主な登場人物

井上花子(宮本信子)…小売業でパート経験豊富な主婦。幼なじみ五郎の願いでスーパー正直屋の再建に取り組む。

小林五郎(津川雅彦)…同族会社のスーパー部門を統括する専務取締役。

安売り大魔王社長(伊藤四郎)…正直屋から独立し安売り大魔王を設立。

(3) ドラマのポイント

a. 正直屋と安売り大魔王はどんなスーパーマーケットか?

花子曰く正直屋は「だめな店」。店舗内の清掃、商品の品質管理、商品の陳列、衛生管理、買い物を楽しませる雰囲気、といった商売の基本ができていないのである。また、経営者が従業員を放任しているようで、一部に不正直な商売をしようとしている管理者がいたり、教育訓練のできていない従業員がいるのも問題。安売り大魔王は「悪い店」、本当の意味での顧客志向がなく、見かけだけで消費者に媚びて、利益だけを追求しようとしている。経営者の経営理念が悪いのだ。

b. 五郎、花子、安売り大魔王社長はどんな人物か?

五郎…気弱で十分なリーダーシップの能力がなく、商売の知恵がない。あまり商売に面白みを感じておらず、兄に「日本一のスーパーにする」と大見得を切りながら、商売に対する情熱やどん欲さが感じられない。現場の仕事はチーフに任せっきりで、権限の委譲と放任をはき違えている。

花子…明るく、顧客の視点から経営を考える才能がある。曲がったことが嫌い。

安売り大魔王の社長…リーダーシップはあり、戦略家でもあるが、儲けるためには何でもやる価値観が問題。価格や品質で顧客をだますような商売は、店の信用喪失につながり、長期的にはマイナス。倫理観の欠如が、商売人としては失格。

c. 正直屋が安売り大魔王に勝つためにはどうしたら良いか?

花子の言うように、安売り大魔王と違ったやり方で、弱点を突いていくことが重要。

d 花子がいう「良いスーパー」とはどんなスーパーか?

基本的な考え方として、顧客の視点に立って、顧客とその家族に満足を与え、継続的に利用してもらえるスーパーである。顧客が店に来ると、夕食の献立に関するアイディアを想起させ、家族から美味しいと言ってもらえる姿を想像でき、それが実現できる店である。継続的に顧客に利用してもらえるためには、黒字を出す店というのが必要条件になる。
小売・サービス業においてはQSC(品質・サービス・清潔)が大切であると言われる。また、マクドナルドはそれに「価値(Value)」を加えてQSCV(品質・サービス・清潔・価値)が、河西はそれに「利便性(Convinence)」を加えてQSCCV(品質・サービス・清潔・利便性・価値)が必要と考える。
品質はスーパーで販売される商品の品質、鮮度が良く、管理が行き届いている、美味しい商品。商品知識が豊富で、買い物の手助けをしてくれる店員、主婦の視点に立った各種サービス(宅配など)は、セルフサービスを基本とするスーパーにおいても重要である。生鮮食品を品揃えの中心とするスーパーでは店、陳列、従業員の清潔感は必要不可欠である。また、顧客に対してもペットを店内に入れないなど、店の清潔感の維持を求める必要がある。利便性に関しては、買い物しやすい店舗立地、顧客が買い物しやすい動線と陳列、客を待たせないレジ、購入商品を運ぶためのカート、買い物しやすい営業時間、必要な商品が必要なときに手に入る品揃え、など、コンビニエンスストアに奪われた顧客を取り戻す努力がスーパーに求められている。価値は提供する商品に対して正当な値付けを行うこと。安売り大魔王のように悪い品質の商品を見かけ上、安くすることは顧客にとってvalue for moneyではない。また、目玉商品だけを安くすることが、本当に顧客の価値を高めることになるのか? 店にとっても適正な価値を顧客に提供することは、健全な利益を出す経営につながる。
こうしたQSCCVを実現するためには、経営者と従業員が顧客満足という理念の下に正直な商売をすることが必要だ。組織的には従業員同士が良好なチームワークを持ち、顧客のニーズや苦情に迅速に対応し、顧客から感謝されることで従業員が生き生きと働くことができるスーパーが良い店である。
こうした視点で分析すると、安売り大魔王も映画の前半の正直屋は、良い店と言えない。


(4) 用語解説

a. ロス=損失。商品が売れ残って廃棄したり、汚れて売り物にならなかったり、万引きされてしまい、売上にならなかった商品のこと。ロスが多いと、売上がないのに仕入コストを支払っていることになるので、利益を圧迫することになる。

b. ドリップ=魚から出てくる体液の汁のこと。

2.「スーパーの女」の背景
(1)映画のバックグラウンド

名古屋周辺の住宅地にある生鮮食料品と日用雑貨を扱うスーパー「正直屋」の話。バブル崩壊で消費不況の中で登場した「価格破壊」というキーワードに戦う、正直屋に砂を後ろ足でかけるように独立した社長が経営し、正直屋の商圏内にある「安売り大魔王」。

(2)「正直屋」とはどんな店

a. 食料品と日用雑貨(全6000アイテム)を販売する地域密着型の中小スーパー。

b. 中型店(2000平方m?)の広さを持ち、自店で食品の加工処理を行っているが、日商100万円程度とコンビニに毛の生えた程度。あまり流行っておらず、顧客は少ない。値段が安いわけではなく、品質の悪い商品を販売し、店のサービスも悪ければ、流行っていないのも当然。

c. 立地は良いようで、駐車場を完備しているので、ある程度の商圏の広さを想定しているかもしれない。2階が五郎の住居となっているが、売場は1階だけ。

c. 従業員はパートを含み40人程度?で、各売場ごとにチーフがいる。店を経営する専務の五郎は現場のことはチーフに任せているが、放任状態となっており、店全体に五郎のリーダーシップは浸透していない。特にはげの店長と職人気質のチーフは、五郎の言うことを聞かない。

(3)「安売り大魔王」はどんな店

a. 新装開店した食料品を中心とするディスカウント・スーパーで、価格破壊をキーワードに集客している。安いと言っても品質の悪い、価値の低い商品を安く売っているので、賢い消費者にとっては悪い店。複数の店舗があるかもしれない。

b. 年商は10数億円と見られ、混雑し合った客、店員の威勢の良いかけ声、様々なPOP(購買時広告)で賑わいと活気のある店内を演出している。

c. 従業員(パートを含む)40人程度で、社長の考えが従業員に十分浸透している。

e. 品揃えに関しては品数は多いものの量は十分でなく、午前中の品揃えが不十分という欠点もある。

f. 短期の戦略としては価格競争で地域No.1店になり、中期の戦略としては正直屋を買収して地域独占を狙う。地域独占を果たした後は、販売価格を上げて利益を最大化しようという考えだ。

(4) 日本のスーパー業界

a. 売上高=百貨店業界10兆円、コンビニ業界9兆円、スーパー業界8兆円

b. スーパー業界の戦略グループ(類似した戦略を採用する集団)

・ 戦略グループ分類の物差しは?→スーパーの特徴を明確にするもの

・ 戦略グループが異なれば棲み分けによる共生が可能だが、同じ戦略グループに属する組織同士は棲み分けが難しく激しい競争になる可能性が高い。

・ 戦略グループ内の他社と少しでも意味ある差別化することが生き残りの鉄則

品揃え       → 地域的広がり
  ↑ 地域中堅スーパー GMS
  ↑ 地域中小スーパー 専門型チェーンスーパー


(5)GMSグループ
ダイエー、イトーヨーカ堂、イオングループなど

a. 全国ブランド…広範囲に店舗がある

b. フルライン型品揃え…食料品から耐久消費財まで

c. 大型店…大店法によって規制される面積

d. 広い商圏…自動車や各種交通機関を利用しての来店者も多い

e. プライベートブランドの展開…安さ強調のための自社開発ブランド商品

f. チェーン・オペレーション…本部の一括大量仕入れによるバイイングパワーと大量販売

g. コンビニ他に進出する多業態小売りグループ…セブンイレブン、ローソン

(6)地域型中堅チェーン・スーパー・グループ(ラルズ)など

a. 偏った営業地域…集中的出店による市場支配力強化と物流コストの低減

b. 日用生活品中心の品揃え…食料品・雑貨・衣類

c. チェーン・オペレーション…本部の一括大量仕入れによるバイイングパワーと大量販売

d. スーパー専業

e. 中型店舗規模…大店法の規制にひっからないがそれなりに大きい

(7)専門型チェーン・スーパー・グループ(全食)

a. 営業地域は広範囲。

b. チェーン・オペレーション・・・本部による一括仕入と大量販売。

c. 営業方法や品揃えをある程度絞り込む。

(8)地域中小スーパー・グループ(札幌の丸正、Luckyなど)

a. 地域限定・地域密着型…地域一番店を目指す

b. 豊富な食料品品揃えと雑貨の品揃え

c. 中型店舗規模…大店法の規制にひっからないがそれなりに大きい

d. 単独か複数の店舗

e. スーパー専業

f. 自転車で買い物に来られる範囲の商圏

中小単独店・共同店舗型スーパー・グループ

a. 1〜2店舗

b. 食料品と雑貨中心の品揃え

c. 小規模店舗(コンビニより多少広い程度)

d. 定価に近い小売価格

e. 地域密着型

f. 自転車で来られる範囲の商圏

g. 駐車場はあっても小さい
3.経営戦略の概念
(1) 経営戦略とは?

「組織の経営資源・組織能力といった内部環境の強みと弱みを分析し、外部環境の機会と脅威を分析することで、両環境の適合に関する指針を考える」

いうならば、ある環境に置かれた組織がヒト、モノ、カネ、情報を使って、生存していくためのシナリオのことで、環境の諸要素に大きな変化があれば戦略の修正が必要。

(2) 経営資源

a. ヒト:経営者、管理職者、従業員などの商売のノウハウと職務能力。

b. モノ:スーパーの場合は店舗、什器、設備(レジ・加工調理器具等)、商品。

c. カネ:スーパーは売上で日銭が入り、現金仕入れでなければ支払いサイトが長いので比較的資金繰りがやりやすい。

d. 情報:レジのポスで商品販売情報を探って販売戦略に活かす一方、アンケートで顧客やニーズの調査をして情報収集していく。

(3) 組織能力

a. 経営ノウハウ:従業員全員で共有している商売のノウハウ

b. チームワーク: 個人の能力が統合されて生まれる組織としての力

c. 経営システム:経営のやり方

d. 組織文化:従業員全員で共有している価値観で、組織を動かす原動力になる

(4) 外部環境

a. 全体環境:社会全般に影響を与える要素+組織の行動がコントロールしにくい要素

・社会的環境:少子高齢化やIT社会などの社会の変動

・経済的環境:GDP成長率、消費者物価、為替レート等

・政治的環境:法律の制定、規制緩和等

・文化的環境:若者のクラブ文化、携帯電話文化、TVゲームのブーム等

・自然環境:猛暑、暖冬等

b. 課業環境:組織の事業に直接的に影響を与える要素+組織がコントロールできる余地あり

・顧客:顧客の増減は売上等に大きく影響を与える

・競争相手:ライバルの登場、ライバルの強みと弱み、ライバルの競争方法は組織に勝機をもたらすこともあれば、窮地にも追い込む。

・取引先:商品を仕入れる相手や資金を借りる相手など経営資源や組織能力を提供してくれる相手は、組織の競争力や成長にとって重要。また、同業他社でも協調し合う相手も重要。

・規制者:政府、地方自治体、親会社など、事業に対する恩恵、規制、信用を与える相手。
4.経営戦略の種類
(1) 企業戦略

a. 成長戦略

組織の成長の方向性や事業領域を決定する

b. 多角化戦略

本業以外の事業へ進出するなど事業領域を拡大し、事業間のシナジーやバランスを取る戦略。例えば、ダイエーがコンビニのローソンやハイパーマートへ進出したのが多角化戦略。多角化にはダイエーのようにコンビニ等の他の小売業へ進出する水平的多角化と、ダイエーが電機メーカーを買収して多角化したような垂直的多角化の2種類がある。経営資源の事業に対する分配とアウトプットに関することを中心的に考える。

c. 組織戦略

組織の経営資源獲得や蓄積、組織形態の選択、組織理念の形成など組織の基盤構築のための戦略。組織への経営資源インプットと組織内での分配を中心に考える。

(2) 機能別戦略

a. 仕入戦略

原材料や商品を仕入れるための戦略。

b. 営業戦略

いかに商品を売っていくかのための戦略。広告、販売経路の選択、販売方法の決定などを行う。

c. 財務戦略

資金の調達と資金回収に関する戦略。

d. 人事戦略

ヒトの採用、配置、教育などを考える戦略。

e. 情報戦略

情報の獲得、処理、情報システムを考える戦略。

f. 生産戦略

製造業の場合、生産現場への投入と産出を考える戦略。

(3) 事業戦略

事業(類似した商品・サービスを顧客へ提供するためのシステム)に関する戦略で、主に競争を考える。専業(1つの事業しかない企業)の企業は事業戦略=企業戦略になる。