〜業界再編とM&A戦略〜

PART1     
1.銀行業界の変化と経営戦略
(1) あらすじ
不良債権処理に悩む都市銀行第8位行、三洋銀行の杉本頭取は銀行業界における金融ビッグバンに備えての競争地位の向上と自分の野望のために、ライバルである都市銀行第6位行の富桑銀行との合併を画策する。合併後の富桑銀行との力関係を有利にするため、杉本頭取はリストラを強く推進しようとし、片腕である石倉に根回しを命ずる。

(2) 登場人物
長谷部敏正(小林念侍)…三洋銀行名古屋栄町支店長で、部下の信望が厚い。
松岡紀一郎(橋爪功)…三洋銀行本店業務推進部長で、私立大学出身。
石倉克巳(中村敦夫)…三洋銀行本店総合企画部長で、東大出身。
西巻良平・・・三洋銀行横浜支店長で、東大出身。
神谷真知子(黒木瞳)・・・三洋銀行初の女性総合職で、京大法学部出身。
杉本富士雄(鈴木瑞穂)…都銀8位行の三洋銀行頭取。
成瀬昌之(児玉清)…三洋銀行副頭取。
勝田忠(穂積隆信)…三洋銀行副頭取。
原沢一世…都銀6位行の富桑銀行頭取。
新山健介・・・大蔵省銀行局銀行課課長補佐で、京大法学部出身。
小田島敬・・・大蔵省銀行局局長で、京大出身。

(3) ドラマのポイント
a. なぜ杉本頭取は合併を考えたのか?
都市銀行の頭取は、産業界へ融資している関係上、非常に大きな権力を持っているが、それだけでは満足できない人もいる。杉本は銀行業界で中位行である三洋銀行の地位を高めて、個人的により大きな権力を持ちたいと考えている。規制が多い銀行業界では店舗数の増加を簡単には行えず、規模の拡大(地位の向上)の手段として合併は有効な戦略である。また、バブル経済崩壊や金融ビッグバンなどで業界内の競争が厳しくなるため、競争力のある銀行との合併は魅力的な選択肢と考えたのであろう。合併の相手先の富桑銀行は、合併によって主導権を奪われない、店舗の重複が少ない、杉本頭取の個人的人間関係などの理由によって選ばれたようである。

b. 全国支店長会議での杉本頭取の発言は何を意図しているのか?
現在、銀行業界は不況というトンネルの中にいるが、トンネルに必ず出口がある。リストラクチャリングは後ろ向きなものではなく、前向きに事業を再構築していくこと。そのためには収益一辺倒ではなく、将来のためにリスクを取って前向きな戦略も必要である。杉本頭取はこうした発言をしたようであるが、その意図は来る景気回復期に大きく飛躍するために、前向きな戦略を採る必要があることを強調し、前向きな合併のための地ならしをしようと言うところであろう。

c. 同期入行の長谷部、松岡、石倉、西巻の人間関係を考えよう。
同じ年度に就職した同僚は同期入社(銀行では同期入行)の仲間として親しくつきあって行く一方、同期入社組の中から役員になれるのは数名のためライバルでもある。4人の人間関係は長谷部は他の3人とこだわりなくつきあっているようだ。中でも西巻とは高校の同級生でもあるので、特に親しい。石倉は杉本頭取派で、松岡は成瀬副頭取派と、異なる派閥にいるので、石倉と松岡の間は純粋な友情関係ではなさそうである。松岡は石倉を通じて、杉本頭取の情勢を探ろうとしているところから伺える。石倉と西巻は学部は法学部と経済学部と異なるものの、東大閥かつ杉本頭取派閥なので近い関係にあるようだ。松岡は本店業務推進部長ゆえに現場とは対立することが多く、特に業績不振店の横浜支店長の西巻とは関係が悪そうだ。

d. 派閥・学閥とは?
企業内の非公式組織の代表は派閥である。企業内で人間は純粋に経済原理だけで行動するのではなく、派閥という権力追求集団の政治力学によって行動が影響を受ける。派閥の勢力が拡大すれば、派閥の長が頭取や社長になれる可能性が高くなる。派閥の長が経営トップになれば、派閥に属するメンバーは出世しやすくなるので、派閥と自分の出世が一蓮托生のようになることもある。同じ職場の上司部下の関係、同じ大学の同窓などの人間関係から、派閥に誘われる。派閥にはいると、人脈面でメリットを受ける。学閥も非公式組織の一種で、派閥よりはずっと緩やかな人間関係だが、組織を超えて関係が生じる特徴がある。このドラマでも神谷がMOF担当になったのも、監督官庁の大蔵省銀行局長が同じ京都大学出身者である、という学閥を利用した人事である。

e. 平信工業の社長が長谷部に頭を下げているシーンから、銀行が果たしている社会的使命を考えよう。
銀行は経済システムの中で重要な役割を果たす資金の流通をスムーズにさせる機能を持つ。資金を血液とすれば、日本銀行が心臓で、銀行は血管に例えられる。もし、血管がダメになれば、血液が回らず、その部分の細胞は死んでしまう。すなわち、銀行が機能不全に陥れば、銀行から資金を借り入れている企業が倒産してしまうかも知れない。銀行が不良債権処理と資産圧縮のために、1990年代後半融資を絞った結果、倒産する中小企業が増加した。そこで、政府は中小企業に特別融資保証枠を作って、銀行の融資がスムーズに行われるようにした。このように銀行の社会的使命は余剰資金を預金として集め、資金を必要とするところへ貸し出すため、他の民間企業より責任が重い。そのため、銀行が経営不振になると金融システムが不安定になるので、政府が公的資金を投入してまでも銀行を救済しようとするのである。銀行は資金の貸し手であるため、借り手に対して立場が強く、産業界の食物連鎖では上位に位置すると言える。銀行が資金を貸さなくなれば、銀行の下に連なる食物連鎖の上位の方から連鎖的に倒産していく可能性もある。しかしながら、銀行が融資をする資金の源泉の大部分は預金である。経営の状態をしっかり分析せずに、社会的責任だけから企業へ融資をすることは預金者の保護の観点からすべきではない。そこで、銀行は融資の際に選別をする一方、融資が不可能であろうと可能であろうと、取引のある企業に対しては経営支援をしていく必要がある。経営指導や取引先の紹介などの銀行による経営支援は経営不振にとって貴重である。そうした銀行による経営支援で経営不振企業が立ち直れば、社会的責任を果たすだけでなく、取引先を倒産させて貸付を不良債権にしなくてすみため、銀行にとっても望ましい。

f. 本店営業推進部と現場の横浜支店の関係を考えよう。
本店は現場の事情とは関係なく、支店を業績に関する計数で判断する。しかも、事情を知らず、頭ごなしに評価をしてくるため、現場の人間からすればたまらない。特に横浜支店のような不振店に対しては厳しく叱責してくるため、本店と現場の間では険悪になることも多い。思わず、自分でやって見ろと、本店の人間に言いたくなる。こうした対立を生じさせないように、銀行は本店における支店管理業務と支店業務をローテーションで経験させるような人事異動をする。

g. 石倉はなぜ神谷をMOF担に起用したのか?
前述したような学閥の利用以外に、優秀であることと女性であることが加わる。女性が少ない世界において、希少価値のある女性は年寄りから可愛がって貰える。神谷も小田島銀行局長に可愛がってもらい、特別に情報をもらってこさせようという意図が石倉にはあるのだ。

h. 原沢富桑銀行頭取が小田島大蔵省銀行局長に、三洋銀行との合併案を打ち明けたときの小田島の反応は?
「いいのかな、そんなところを抱え込んで」という小田島の言葉から分かるように、反応は芳しくない。銀行の監督官庁である大蔵省銀行局は、銀行の詳細な経営状態を知っているだけに小田島のこの発言は重い。銀行の合併は大蔵省が認可しなければ行えないので、小田島の反応はきわめて重大である。

j. 大蔵省と銀行の関係は?
京都懐石の料亭で、神谷は小田島局長に接待されていると思っていたが、実は料亭の費用は三洋銀行持ちで、三洋銀行が大蔵省キャリア官僚を接待していたのだ。神谷がそれを知らなかったとしたら、教えなかった石倉の責任。公務員の綱紀粛正から最近は接待もできなくなったが、以前はノーパンしゃぶしゃぶ、高級クラブ、ゴルフでキャリア官僚を接待していたらしい。当然、銀行に見返りがあるから接待するのである。

(4) 用語解説
a. 出向:銀行に籍を置きながら、他社で働くこと。

b. 不良債権:回収が困難な債権。

c. リテール部門:個人客や小口客部門。対照語として法人部門がある。

d. 資金繰り表:資金の出入りの実績と計画を記録した帳簿。

e. 連鎖倒産:1社倒産すると、その取引先までが巻き込まれて倒産すること。

f. 定期預金を取り崩す:企業が融資を受ける場合、通常、それと同額の定期預金を入れるよう銀行から要求される。そのため、定期預金を取り崩すことは、銀行との取引を縮小する意味を持つ。

g. 比較広告:他社の製品やサービスと比較し、自社の製品の優位性をアピールする広告。

h. MOF:大蔵省(Ministry of Finance)のこと。銀行にとって大蔵省は監督官庁なので、気を使う。
i. 幹部支店:重要な地域にある支店で、預金残高や融資残高が大きい。東京に数店、後は政令都市の1支店であることが多い。

(5) 日本の銀行の種類
a. 日本銀行:通貨を発行し、金融政策を行う日本の中央銀行。

b. 政府系銀行:社会政策のために融資をする国策の銀行。日本政策投資銀行や国際協力銀行がある。

c. 都市銀行:全国に店舗を持つ商業銀行で、銀行の中の王様。合併によって、数は減りつつあるが、市場支配力は依然としてある。札幌には各都銀の支店があるが、北海道の田舎では支店がない。

d. 長期信用銀行:債権を発行して資金を調達し、法人へ融資をする。日本債券信用銀行と日本長期信用銀行が経営破綻し、現在は日本興業銀行しか残っていない。興銀もみずほファイナンシャルグループとして2001年4月に統合され、長期信用銀行のジャンル自体が消滅する。

e. 信託銀行:資産の信託を受けて、運用する。貧乏人には縁遠い銀行。b〜dまでを大手行として絶対潰さないと政府が明言していたが、結果は破綻と合併で数が少なくなっている。

f. 地方銀行:各都道府県の県庁所在地に本店を置く銀行で、都道府県の指定金融機関になっていることが多い、その地域No.1の金融機関。北海道では北海道銀行が地方銀行。

g. 第二地方銀行:かっては相互銀行という相互会社形態を採っていた、地域の2番手銀行。北海道では北洋銀行と札幌銀行が第二地銀であるが、北洋銀行は経営破綻した北海道拓殖銀行の営業を引き継いだため、北海道銀行より規模の大きな銀行になった。

h. 在日外国銀行:海外銀行の在日支店。通常は東京や大阪にしか出店しておらず、法人営業が中心である。唯一米国シティバンク銀行が金持ちだけを相手に、全国主要都市に出店している。

(6) その他金融機関
a. 預金業務を行う金融機関:信用金庫、信用組合、商工中金、農林中金等

b. 郵便局:官営の銀行のようなもので、小口客向けの金融業務を行っている。全国の郵便局が窓口になるため、個人客を幅広く獲得している。郵便貯金は政府の財政投融資の財源になっている。

c. 預金業務を行えない金融機関:証券会社、生命保険会社、損害保険会社、貸金業者、リース会社、クレジットカード会社等。
2.激変する日本の銀行業界
1980年代前半  日本の貿易黒字により資金の流入増加。一方、米国は金融不況で米国金融機関の倒産・リストラが相次ぐ

1985年  プラザ合意によりドル安基調の国際金融政策が採られる。

1980年代中盤  米国の圧力による内需拡大政策、中小企業向けの円高不況対策のために、金融緩和政策(金利低下)へ転換する。また、公共事業も増加する。その結果、過剰な通貨供給が生じ、バブル経済が始まる。

1990年  金融バブルが1989年末でピークになり、資産インフレを恐れた政府・日銀が公定歩合の引き上げと不動産融資の総量規制を行い、株式市場と不動産市場の下落が始まる。

1992年頃  金融市場と不動産市場の低迷が実体経済における景気後退をもたらし始めた。

1995年  住宅専門金融会社が経営破綻し、金融システムの危機が拡大。中小金融機関やノンバンクでも経営破綻が起こり始める。銀行は不良債権処理に追われる。

1996年 三菱銀行と東京銀行が合併し、東京三菱銀行が発足。

1997年  金融の規制緩和を主とする金融ビッグバンが開始されるが、国際的競争及び異業態間の競争激化する。日産生命、三洋証券、北海道拓殖銀行、山一証券といった大手、中堅の金融機関が経営破綻して、日本の金融システムが不安定になる。

1998年 日本長期信用銀行と日本債券信用銀行が経営破綻し、金融再生法にのっとり、一事国有化される。

1999年  金融破綻の公的支援枠組みである金融再生法案が施行される。金融機関の監督権を持つ金融監督庁が発足。

2000年 長銀がリップルホールド社へ、日債銀はソフトバンク・グループへ売却され、新しい銀行に生まれ変わる。金融監督庁が金融行政を行う金融庁へ発展。

2001年 都市銀行を中心とした合従連衡が一段落。みずほフィナンシャルグループ(日本興業銀行、富士銀行、第一勧業銀行)、三井住友銀行(さくら銀行、住友銀行)、UFJ(三和銀行、東海銀行、東洋信託銀行)、三菱東京フィナンシャルグループ(東京三菱銀行、三菱信託銀行)が発足。都市銀行はこの3グループに加え、2001年度中に大和・あさひ銀行連合が成立する予定。IYバンク(イトーヨーカ堂が設立)、ソニー銀行(ソニーが設立)といった他業態からの新規参入や、ジャパンネットバンクのようなインターネットを使った銀行が誕生した。
3.銀行の経営戦略

(1) 銀行業のビジネスモデル

低い金利で預金を集め、高い金利で貸し出すことで、利ざやを得る。

(2) 銀行の社会的使命と機能

銀行は経済の中で資金提供者と資金需要者の間に介在して、資金の流通を仲介する間接金融という金融機能を担っている。資金は社会の経済活動にとって重要な機能を有しているので、それを仲介する金融機関も重要な役割を負っている。

(3) 経営戦略の特徴
a. 銀行の社会的使命の重要性から事業に対する規制が多く、事業の多角化が制限されている。

b. 大蔵省の規制の結果、銀行の経営戦略は横並びになりやすい。

c. 銀行と主な取引企業からなる金融グループが存在する。そのため、取引先には役員を派遣していることも多い。

d. BIS規制
Bank of International Settlement(国際決済銀行)が銀行に対して自己資本比率を、国内業務に限定した銀行に対して4%以上、国際業務を行う銀行い対して8%以上を要求している。その結果、不良債権処理で自己資本が減少していた日本の銀行は、貸し渋り、融資回収、債権売却などで資産圧縮に努めた。
自己資本比率(%)=自己資本÷総資産×100

(4) 1970年代
店舗、預金残高、融資残高といった項目の規模の拡大を目指していた。オンライン網を構築し始める。

(5) 1980年代
金融緩和によって企業金融向けの融資が急増し、旺盛な資金需要を背景に企業向けの直接投資業務を子会社などで行うようになった。銀行も海外進出して不動産や米国債権などへ直接投資を行った。ATMなどオンラインを構築するための投資が急増する一方、ATMの相互解放が始まる。

(6) 1990年代
不良債権処理とBIS規制クリアーに追われ、リストラや合従連衡による業界再編といった後ろ向きの戦略が中心だった。それでも破綻する銀行が多かった。

(7) 2000年代
ITを利用したネットバンキングが普及する。また、銀行、証券会社、保険会社といった業種を超えた再編がいっそう激しくなる。地域の金融機関でも合従連衡が多くなる。

(8) 銀行のタイプ

comercial
banking
investment
banking
whole sale (1) (2)
retail (3) (4)

「商業銀行重視戦略」(1)+(3)
日本の銀行が採用する戦略で、企業向けの間接金融事業から個人向けの預金業務までを行う。最近では投資銀行業務(investment banking)へ力を入れる銀行も多い。
「ホールセール重視戦略」=(1)+(2)
日本興業銀行のように、企業の間接金融と直接金融を行う銀行。
「証券業務重視戦略」=(2)
日本では証券会社の事業領域で、法人に特化した証券事業を行う。米国Goldman Sachsなどの戦略。
「総合証券業務戦略」=(2)+(4)
野村証券などの戦略。
「リテール戦略」=(3)
企業向け金融よりも個人客を重視した銀行の戦略。イトーヨーカ堂のIYバンク、ソニー銀行、ジャパンネットバンクなどがこの戦略を採用している。
global
banking
regional
banking
whole sale (1) (2)
retail (3) (4)

「メガバンク戦略」=(1)+(3)
大手都市銀行が採用する戦略で、規模の経済性と範囲の経済性を活かす戦略である。
「スーパーリージョナル戦略」=(2)+(4)
大和・あさひ連合が採用する戦略で、国内に特化した戦略。
「リージョナル戦略」=(4)
地方銀行の採用する戦略で、国内の特定地域に特化し、(4)の業務を中心に(2)も行う。

4.金融ビッグバン
(1) 金融ビッグバンの本質
大蔵省の保護規制行政から市場原理の導入による競争促進への転換

(2) 金融ビッグバンの理念
a. 金融業界への市場原理の導入

b. 公正で透明な市場

c. グローバルな市場

(3) 内容
a. 銀行・証券・保険分野への参入促進

b. 金融商品規制の撤廃

c. 証券・銀行の取り扱い業務拡大

d. 各種手数料の自由化

e. 外国為替の規制緩和

f. 資産運用業務規制の見直し

g. 金融機関のディスクロージャー促進

h. 法制度の整備

i. 会計制度の国際化

j. 金融行政システムの見直し