〜組織再生の戦略〜

前編 前編 後編
1.前編

(1) あらすじ

九十九里浜水産缶詰工場は、伍代物産に特許料を支払って「サバカレー」を生産し続け、工場を新築移転できるぐらい儲けた。工場の仲間も経済的に恵まれると、昔とは変わってしまった。玄さんは市会議員になるし、他の従業員は野球をしなくなり、久保田は都会のキャリアウーマンから田舎のエコロジストへ変わった。久保田と三国の関係はうまくいっているが、久保田は三国と結婚したら仕事を辞めるという。そこで三国は自分が工場長としての力量を久保田に示したく思い、経営コンサルタントの冴木を雇って工場をさらに成長させようと試みるが…

(2) 主な登場人物

役名(出演者)
個人データ
久保田渚(浅野温子) 九十九里浜水産缶詰工場長。仕事一辺倒の人生から自分の生活を楽しむようになった。
三国清太郎(玉置浩二) 九十九里浜水産缶詰工場の品質管理主任。会社の野球チーム、「マカレル」のキャプテン。
望月しじみ(鈴木杏樹) 九十九里浜水産缶詰工場工場次長。地元の網元の娘。三国のことを密かに想っている。
大森玄洋(西村雅彦) 九十九里浜水産缶詰工場経理元主任。現在、銚子市会議員。
剣光彦(村田雄浩) 総務担当。かって輸入家具会社を経営していたが倒産し、借金を抱えている。
塩谷泰夫(近藤芳正) 九十九里浜水産缶詰工場営業と仕入担当。妻は入院中。
早川直人(井ノ原快彦) 九十九里浜水産缶詰工場作業管理担当。母親はスナックを経営。
小松沢伸郎(細川茂樹) 九十九里浜水産缶詰工場工場保守担当、瞳ちゃんと結婚し、もうすぐ子供が産まれる。
ケント・ランドール(レックス・アンヘレズ) タイからの研修生で27歳。
石井武志(堀真樹) 九十九里浜水産缶詰工場作業管理担当で、直人と異なりまじめな青年。バイク好き。
丸山三郎 九十九里浜水産缶詰工場倉庫管理担。幼い子供が3人いる。
竹中五月(高島礼子) 久保田の後任になった伍代物産食料部輸入第3課課長代理の30歳。

(3) 用語解説

a. パテント・・・特許。サバカレーの特許は伍代物産が保有したので、九十九里浜水産缶詰工場はサバカレーを生産できなくなっていた。しかし、特許使用料を支払うことで、再び生産が可能になったのである。
b. 必要経費・・・会社が事業を行っていくための経費で、損金扱いになる。必要経費を増やせば、利益を圧縮して、税金の支払額を減らせる。

c. ジャスト・イン・タイム…必要な原材料を、必要な量を必要なときに供給してもらえるシステム。トヨタ自動車が完成し、製造業のみならず小売業でも使われ、生産性向上をもたらしている。

(4) ドラマのポイント

a. 工場のメンバーは成功してどう変わったのか?

サバカレーがヒットして、新工場が建設され、従業員の給料も2倍になった。でも、工場のメンバーの様子は久保田が来た頃のようになってしまっている。サバカレーがヒットしはじめた頃のように、みんなが工場のラインで働くこともなくなり、しじみは缶詰を積み上げる遊びをしている。生活が豊かになったことから、野球ではなくゴルフに熱中したり、夜遊びを盛んにするようになったり、バイクや外車を買ったり、貧しかった頃にはできなかったことをやっている。経済的に豊かになり、価値観が多様化している。問題なのは彼らが成功に慢心し、今の状況に安住していること。仕事への情熱が薄れていること。そして、彼らを成功に導いたcore competenceである価値観の共有が崩壊しているようだ。そんな状況をbreakthroughするのは、工場長の久保田の役目であるはずなのだが、彼女の関心も私生活の方へ向いてしまっているのかもしれない。げんさんは市会議員になっているし…

b. 経営コンサルタント冴木信二郎の工場改革をどう評価できるのか?

組織の改革は組織メンバーが自己改革できればいいが、組織の慣性が働き、改革がうまくいかないこともある(現在の本学が置かれている状況など良い例)。そうなると、経営コンサルタントのような組織に縛られない組織外部の力を借りて、改革を行っていくことになる。九十九里浜水産缶詰工場の改革のタイミングとしては適切である。サバカレーのヒットしている間に次期主力製品を開発し、生産力を増加させ、増加する生産力に合わせて営業力を強化して売上高の増加をはかる。冴木の改革戦略は的確と評価できる。問題は、工場のcore competenceである価値観(チームワーク)を無視し、豊かな生活のための経済的成功という新たな価値観へ急激に変えてしまったこと。しかも、メンバーの合意を十分に取らず、洗脳するようなやり方でである。core competenceに基づかない戦略は、持続的競争優位を構築できない、というのが現在の経営戦略論の結論である。

c. 改革に懐疑的な久保田、しじみ、直人と、三国を始めとする改革へ積極的な従業員、どうして組織が2派に分かれてしまったのか?

久保田の活躍と工場の危機的状況が、工場のメンバーの間でチームワークを基盤にした経営を確立させた。しかしながら、生活が豊かになり、メンバーの価値観が多様化した。それ自体は問題ではないのだが、共有していた価値観であるチームワークが薄れてしまい、組織統合のメカニズムとして機能しなくなっている。チームワークが工場の競争優位の源泉であるcore competenceであり、チームワークの価値観の陳腐化は中長期的に組織の競争力を弱くするであろう。そのため、冴木のコンサルティングを信じて、チームワークよりも自分たちの経済的豊かさの追求を目的に、競争によって活路を開こうとしている三国を始めとする従業員のやり方に対して久保田は経営者としての疑念を呈し、また、自分の人生を変えてくれた工場の良さが失われることに反対している。早川としじみは、金はなかったがみんなで力を合わせていた工場の組織文化を好んでおり、経済的目標を重視した冴木のやり方に反発している。その結果、組織の使命や目標に関しての考えが分かれてしまい、改革積極派と消極派への2派が工場の中に生まれた。

d. なぜ久保田は改革積極派を押し止めないのか?

まず、三国は久保田と結婚したいということを当初の動機にして工場改革へのめり込んでいるから、押し止められない。久保田のように経済的豊かな生活よりも精神的に豊かな生活を従業員たちに求めるというのは、都会人のエゴだと言われれば、彼女も無理に自分の考えを工場のメンバーに強いることはできない。

e. なぜ三国は工場の価値観の象徴である野球やグラウンドにこだわりを捨てたのか?それはいいことなのか?

久保田と結婚したい、仲間をもっと豊かにしてあげたい、という気持ちが強いから、あれほどこだわっていた野球やグラウンドまでも捨てようとしたのであろう。ある意味では三国も大人になったといえるかもしれない。しかし、直人の「野球を忘れて何が改革だ」という言葉に示されているが、core competenceであるチームワークの象徴である野球を忘れるのは、工場の強みを捨てることになりかねない。改革もチームワークを基盤にして行っていくべきであろう。久保田にとっては、素晴らしい仲間を得、彼女の人生を変えたグラウンドであるから、粗末なグラウンドだが売りたくなかったのであろう。

2.組織の陳腐化
(1)「盛者必衰のことわりを表す」by平家物語

(2)成功は失敗の素?

a 成功からの油断と過信

工場の従業員は経済的成功を享受し、自分たちの成功が永続的に続くと考えている。「自分たちにはサバカレーがある。何があっても大丈夫だ。」

b 過剰適応

サバカレーの成功へ過剰に適応し、三国の製品開発能力に依存しすぎるようになった。

c 成功が革新の種を摘むジレンマ

過去の成功パターンに依存しすぎて、新しいことにチャレンジせず、革新を生じさせられないこと。

d ライバルの追い上げ

特許に守られているとはいえ、他社もサバカレーのヒットを黙ってみているわけではない。

(3)環境適応の相違と成功

a 問題解決→短期の成功

b 学習→長期の成功

(4)組織の陳腐化

a 組織の産み出している価値の陳腐化

例:製品が顧客に飽きられて売れなくなる。

b 組織の経営資源の陳腐化

例:組織文化や人材のスキルが環境変化に合わなくなる。

c 経営手法の陳腐化

例:かって成功した管理システムの有効性が低下する。

(5) 組織の陳腐化は組織と環境の不適応をもたらして組織の衰退につながる→環境適応を見直す新しい経営戦略が必要になる
3.経営戦略
(1) 経営戦略の定義
「組織内部の経営資源を使用して外部環境の中で独自のポジションを獲得するための指針」
意図的に組織を環境に適応させたり環境を創造していかないと組織は陳腐化し衰退していく

(2) 経営戦略の種類

a. 経営戦略=企業(全体)戦略VS事業(部分)戦略

b. 競争戦略=(例:差別化優位、コスト優位、ニッチ)

c. 事業別戦略VS機能別戦略(例:財務戦略、情報戦略、マーケティング戦略、営業戦略、製造戦略、国際戦略)

d. 組織戦略(例:成長戦略、現状維持戦略、撤退戦略)

e. 組織間戦略(例:M&A戦略、提携戦略、垂直統合戦略、分社化戦略、スピンオフ戦略)

(3) 経営戦略の本質

a. 資源の獲得

b. 環境への対応方法

c. 差別化

d. 戦略によるポジショニング…他の組織と競争にならないような事業分野を獲得する

e. riskとreturnへの対応
基本的には高い成果(return)を求めれば、危険(risk)も高まる。三国はハイ・リスク、ハイ・リターンを求め、久保田は危険を犯さずそこそこのリターンで良いというように、経営に関する姿勢は異なってるが、riskをなるべく低減し、returnを高める手法を考えるのが、戦略の重要な要素。

(4) 成長戦略

a. 市場浸透(既存の製品による既存の市場へ売り込む)…営業力強化

b. 製品開発(新しい製品を既存の市場へ売り込む)…新しい缶詰の開発。サバカレーのブランドの強みを活かして、新しいサバミート缶詰、サバマーボ缶詰、サバクリーミー缶詰などの新製品を売っていく。

c. 市場開発(既存の製品を新しい市場へ売り込む)…日本でヒットしたサバカレーを海外市場へ輸出する

d. 多角化…缶詰生産と販売以外の事業を行う。剣ちゃんの財テクも規模が大きくなれば多角化事業になるかもしれない。
(5) 九十九里浜水産缶詰工場の戦略の考え方

a. 成長か現状維持…組織の使命や価値観と適合するか。工場では組織を統合していた価値観が薄れてしまったため、成長か現状維持かで分かれてしまった。

b. どのように成長していくのか…環境との適合を考える

c. 競争優位をどう構築していくか…サバカレーのような商品は流行があるため、持続性のある競争優位にはならないかもしれない。それよりもヒット商品を生み出したもの、組織の共有している価値観、すなわち組織文化である。

d. 既存の経営資源や組織能力との適合はどうするのか…組織が成長するためには余剰資源がないと難しい。今の工場の人的資源に関しては余剰資源がありそう。そうした人材を営業力強化に活用した冴木の考えは的確なものといえよう。キャッシュフローも、三国がクラブで遊ばないといけないぐらいあるようなので、十分以上あるのだろう。
4.組織の変革と再生の戦略
(1)組織の再生と成長のための5つのRの組織戦略

(2)Reframing=組織のあり方(使命・価値観・ビジョン)と達成できる目標を見直す

久保田は工場の持っていたチームワークという価値観を尊重しながらも、みなのために工場の経営を再建するという使命へ再定義した。

(3)Restructuring=組織の不要な部分を切り捨てて(選択)、組織の活動を再構築する

久保田はグラウンドを売り払って、本業だけに集中させようとした。

(4)Revitalization=焦点を当てた既存事業を育成し、新規事業を創造する

(5)Renewal=組織の人的資源の意識改革と能力向上による組織の再生

久保田は従業員の意識を仕事により向けさせると共に、経営のノウハウを教えて能力向上を図った。

(6)Revolution=(2)〜(5)全てを一気に行う

(7) 誰が改革し再生していくのか?

a. 内部からの改革…組織の慣性が働いて大きな変革がしにくい。厳しい内容だと反発を受けかねない。しかしながら、内部者の方がリーダーシップを行使しやすく改革を浸透させやすい。そこで、外部からのアドバイスを受けて改革をしていく。

b. 外部からの改革…既存の組織のシステムに制約されず、大きな変革を起こしやすい。しかしながら、リーダーシップを有効に行使できず、実行に移されない恐れがある。そのため、経営者と二人三脚で行う。

G 組織の価値観とメンバーの意識の変革…組織が共有している価値観や組織文化が、メンバーの意識改革の障害になることもある。組織の価値観自体を変革しないならば、価値観と適合した方向でメンバーの意識改革をしていく。価値観自体が陳腐化しているならば、組織の共有している価値観自体の否定から始めて、メンバーの意識改革をしていく。
5.組織の環境適応と環境創造
(1)組織の陳腐化と環境変化→環境不適応による組織衰退

(2)環境適応とは?

a 外部・内部環境の変化に合わせて商品・サービスを変えていく

b 変化する環境に合わせて組織を変えていく

(3)環境適応の戦略

a 市場浸透戦略+競争戦略

b 変化する外部環境・内部環境に合わせて戦略を作り替える

(4)環境創造とは?

a 戦略によって外部環境・内部環境を好ましいものに作り替える

b 新しいドメイン(生存領域)を創造する

(5)環境創造の戦略

a 組織間戦略+新製品開発+新規事業戦略+組織革新戦略

b 革新を起こす=ビジネスモデル+技術+サービス+経営手法
6.経営コンサルタントの仕事
今回の物語で九十九里浜水産缶詰工場をひっかきまわした経営コンサルタントの冴木信二郎先生。先生と呼ばれ、経営を指導するコンサルタントとはどんな人で、どんな仕事をしているのだろうか。

(1) 経営コンサルタントの仕事

a 企業が抱える問題をコンサルティング(相談を受けて提案する)によって解決し、業績を改善する。

b 経営コンサルティングの分野
経営戦略、組織変革、IT、製品開発、生産技術、マーケティング、財務、税務、広報、IR(投資家との関係形成)など、様々な問題を扱う。

c 企業経営の問題は多様ゆえに、一人の経営コンサルタントがすべてをカバーできず、専門分野を中心に行う。冴木のように一人でコンサルティングをする人もいれば、専門家のチームを結成してコンサルティングを行うケースもある。

d 資格
会計士のように経営コンサルタントの資格(中小企業診断士)がなくても業務は行える。資格よりも、いかに企業の抱える問題を解決できるかである。

e コンサルティング会社
日本にあるコンサルティング会社は外資系戦略コンサルティング(マッキンゼー、BCG)、外資系オペレーショナル戦略(アクセンチュア、ワトソンワイアット)、会計事務所系(アーサーアンダーセン)、シンクタンク(三菱総研、野村総研、日本総研、日本能率協会)、産業特化型シンクタンク(船井総研)、中小企業向けコンサルティング(タナベ経営、日本LCA)など有名どころから、税理士や社労士の個人事務所まで多種多様。

(2) 経営コンサルティングの業務プロセス

a 営業活動
有名なコンサルティング会社は口コミなどで仕事を受注できるが、そうでなければ営業活動をしなくてはならない。例えば、セミナーや講演会を開く。人脈を辿って紹介してもらう。コンサルティング料金はあってないようなもの。案件ごとの契約では数万円から

b 仕事の受注
仕事を受注したら、そのクライアント企業の資料を提供してもらい、事前に分析する。何が問題なのかを理解する。

c 企業に出向き、インタビューや観察などをして、自分の問題意識の再確認を行う。クライアント企業の従業員とチームを組む場合もある。

d 解決策の提示。これで終わりの場合もあるし、解決策の実行まで関わる場合もある。

e 解決策の実行を支援し、成果があがるのを確認する。

(3) 冴木信二郎のコンサルティング手法

a コンサルティングで何を解決し、何を目標にするのかを従業員に自己確認させる。改革への動機づけをさせるのである。三国には久保田との結婚、小松沢には生まれてくる子供のために高い給与、といった個人の目標と、会社の目標をうまくすりあわせている。

b 危機意識を持たせる。冴木はいきなり態度を豹変させ、怒鳴り始め効果を高める。変革は危機意識の共有から始まる。また、冴木は怒鳴ることで、純朴な従業員に強烈な危機意識を与え、また、おとなしい従業員を自分の考えに服従させるようにした。

c 改革への自信を持たせる。冴木はいきなり、優しい態度になって、「あなたたちは優秀だ」と従業員に自信を持たせ、改革へ後込みさせないようにする。単純な従業員は改革をできるような気になる。

d 具体的な改革案を示し、盲目的に行わせる。職務能力が低い従業員に対して短期間で成果を上げるには効率が良いやり方である。冴木の提案した新製品の開発、営業能力の向上、従業員の意識改革は的確な案であろう。冴木は工場の従業員の能力と、1ヶ月で成果をあげるといっていたから、こんなやり方をしたのであろう。しかし、教育効果も考え、クライアント先の従業員に自分で考えさせるほうが有効だと考える。

e 早い時期に成功を体験させる。これがさらに困難な問題解決へチャレンジする動機づけになる。営業強化の結果、自分たちが缶詰をたくさん売れれば、もっと売ろうという気になる。