〜経営の失敗〜

1.「社長失格」

(1) あらすじ

板倉雄一郎、大学時代にTVゲームのソフト開発会社を設立。大学を中退し、その後、1991年6月にダイヤルQ2を使ったサービスを行うハイパーネットを設立し、社長に就任する。
1995年、Windows95の発売でインターネットがブームになっていたある日、ハイパーシステムというインターネットのプロバイダー料金を無料にする画期的なビジネスモデルを思いつき、一躍時代の寵児になる。複数の銀行から30億円の融資を受け、1996年4月、ハイパーシステム事業を開始する。
しかし、先行投資と事業運営費の負担、売り上げ不振、NSDAQ上場延期から資金繰りが悪化し、銀行から融資返済を求められ、1997年12月、37億円の負債を抱えて自己破産した。
同名の小説をドラマ化したもので、ドラマはいろいろなエピソードをはしょっている。

(2) 登場人物

登場人物 設定
板倉ハイパーネット社長 上智大学を退学し、TVゲーム制作会社を設立。その後、ハイパーネットを設立したが、37億円の負債を追って会社を破産させた。
櫻田ハイパーネット営業部長 キャバクラで働いていたときに板倉と出会い、ハイパーネットの創業へ参加。キャバクラ仕込みのテクニックで、営業で成果。板倉にクーデターを起こし、クビになる。
西村経営企画室長 野村証券系ベンチャーキャピタルJAFCOの社員だった当時に板倉と出会い、ハイパーネットへ参加。
渡邊経理部員 ハイパーネットの急成長に伴って参加した経理部員。
中島営業部員 大手外資系広告代理店からハイパーネットへ転職。売上の伸び悩む
ハイパーシステムの広告料値下げを進言し、板倉の怒りを買い退社する。
國重住友銀行日本橋支店長 板倉に惚れ込み、最初に融資した。


(3) ドラマのポイント

a ハイパーシステムのビジネス・モデルを分析せよ。

2参照

b なぜ、銀行は競ってハイパーネットへ融資したのか?30億円もの資金が集まったメリットとデメリットは?

大手都市銀行の住友銀行(現三井住友銀行)が融資したので、貸し倒れリスクが少ないと他の金融機関が考え、横並び意識で融資を行った。ただし、金利支払いが発生する借入が増加すれば、金利支払いも多くなり、より高い収益をあげなくてはならない。また、必要以上に資金が集まれば、本来あまり必要でない使い道へ投資して、結果としてリスクを増やし、資本効率を下げてしまう事が多い。

c 新規事業の宣伝広報方法を評価せよ。

ベルファーレのようなオシャレなスポットを使って会社の新製品発表を行えば、強い印象を与えられ、話題になる。反面、話題先行と見られ、地に足が着いていないようなイメージも与えかねない。

d 巨大化する事業プロジェクトに伴う組織の拡大から生じる機会とリスクを考えよ。

拡大するプロジェクトのために経営資源が増加し、組織が拡大すれば、豊かになった経営資源や余剰の経営資源を背景に新たな事業を行うことも可能であるし、本業の競争力強化を図れるかも知れない。しかしながら、組織の拡大は経営資源の有効活用や、そのための管理が難しくなるリスクもある。

e フェラーリを乗り回し、高級住宅地に住む板倉を経営者という視点で捉えるとどう考えるか?

「自分の給与で買っているから問題はないだろう」というような言い方をしていたが、板倉はフェラーリを買えるだけの高額な役員報酬をもらえるだけの経営成果をあげられたのか?まだ、ハイパーシステム事業で成果をあげる前に、高額な役員報酬を貰えるだけの正当性はないはず。事業の成功のためには資金繰りが大切だが、役員報酬という形で企業内部のキャッシュを流出させるのは得策ではない。

f 板倉は経営者として性格的適性があったか?

アイディアは素晴らしく、ビジネスセンスは良い。しかしながら、規模の大きくなった組織の経営者としての人の使い方、資金の管理で問題があったのではないか。

g なぜ、板倉は会社を破産させてしまったのか。

彼の過剰な自信と慢心がハイパーシステムという優れたビジネスモデルを事業化できず、会社を破綻に追い込んだ。金融不安による貸し渋りなどの外的要因もあったが、基本的には板倉の経営能力に破綻の原因がある。

h 大手企業へ戻った渡邊は、なぜ、ベンチャー企業に飛び込んで良いと思っているのか?


自分の能力を最大限に生かせ、若さと熱気のある組織の中で働く生き甲斐を味わったからであろう。

2.ビジネスモデルの分析
(1) 無料のISP(Internet Service Provider)で囲い込んだ会員へ広告を流す。広告主から広告料を1分間50円取る。

(2) ビジネスモデルの構成要素

a 売上をもたらす顧客=インターネット広告を出稿する企業。

b 広告主へ提供する商品=インターネットユーザー+インターネット広告

c 事業インフラ=インターネットに広告を流す情報システム

d 企業からの広告出稿と会員の広告閲覧から購買へつなげることの2つのリスクを抱えてしまった。

e 無料サービスを企業の広告や情報収集の対価によって賄うネットのビジネスモデルは崩壊してしまっている。ハイパーネット以降に出現した無料プロバイダーサービスのネットビジネス業者も撤退したり、会員向けサービスを有料化に踏み切った例もある。

(3) 5C分析から見たビジネスモデルの問題

Company=資金繰り(借り入れが多い)+組織の急成長+ISP会員の使用料負担

Customer=ネット広告への認知や有効性への疑問(十分な数のインターネットユーザーがいるの?)

Competitor=他の媒体との有効性比較+技術革新+ビジネスモデル特許で参入障壁を作ったが・・・

Coorporator=金融機関はビジネスライクで、売上が期待以下ならば逃げ足が速い。

(4) ビジネスモデルのポイント

どこで価値を産出し、売上を獲得できるのか?どこで費用を費やすのか?会員のISP費用の負担が固定費として発生するが、売上は不確実。費用と売上のバランスが取りにくいという課題があった。また、収穫逓増を前提としたビジネスでは、売上成長をもたらすまでの事業運営費を賄う潤沢なリスクマネーが必要。
3.拡大する組織
(1) 4人で始めた事業が1年で80人体制へ急成長

(2) 急拡大する組織のもたらす歪み

a 固定費である人件費の急増→損益分岐点売上高の急上昇→売上高の拡大を狙ったリスキーな戦略を採用しなければならない

b 事業拡張によるリスクの高まり→管理面におけるリスクと売上に関するリスク

c 組織メンバーの数が増えると、企業の理念、価値観、経営目標の共有をするのが難しい。

d 組織メンバーの増加→階層組織の採用+小グループ制→経営者のリーダーシップ浸透が難しい。

e 規模拡大に応じた経営システムへの変更の難しさ→4人体制では経営システムは原始的なモノで十分であったが、80人体制になればある程度精密で一貫性のあるシステムが必要。板倉は管理システムの整備に関しては、興味が持てないようであった。

(3) 組織拡大を成功させるためには

a 経営者の強力なリーダーシップとリーダーシップのスタイルの変更→組織の統合を図る強力なリーダーシップが必要な反面、業務に関する権限を委譲し、経営者の負担を軽減する。

b 採用人材の厳選→少数精鋭+組織使命、目標、文化を共有できる人材

c 組織拡大の前に、資金の手当、管理者の養成と権限委譲、システムの準備をせよ。

d コントロールされた成長→急成長すると組織拡大から生ずる歪みを修正できず、歪みだけがいっそう大きくなってしまう。

(4) ベンチャー企業の資金繰り

a 予想以上の資金を借りられる→より多くの利益を産み出そうとして事業規模が膨れ上がる→事業の能率、有効性、採算性が下がり、リスクは高まる。

b 急拡大する事業→運転資金をどう確保するのか?

c 先行投資と売上の発生する時期にタイムラグがある場合、より長期の借入か、投資資金で対応するべき。

d 資金計画を立てて、資金繰りを見通す。新規株式公開で借入を返済するというのはリスキーな財務戦略。借入は事業が産み出すキャッシュフローで支払うのが基本。

(5) 日本のベンチャー企業支援制度の問題点

a 資金獲得方法

b リスクの大きなベンチャーは投資で資金を賄う必要がある。

c 返済と金利払いの必要な融資に創業当初は手を出すな。

d ベンチャーキャピタルは金だけ出すのではなく、口も人も出し、ベンチャー企業の経営を支援する。

(6) 経済・金融の環境に合わせた資金獲得をする。
4.経営者の資質
(1) 板倉の性格

a 野心家

b 楽天的

c 見栄っ張り

d 名誉欲

(2) 金の使い方

a 投資と浪費の違いを知れ→将来の利益を産むのが投資。現在の利益を産むのが費用。利益を産まないのは単なる浪費。

b 事業資金を社内に蓄積せよ→利益を報酬として流出させず、ストック・オプションなどにして現金を流出させない

(3) 人の使い方

a 広告料金値下げを進言した中島との確執と処遇→YES MANだけを周りにおかない。人間は自分と考えの違う人には反発するが、社長の考えがいつも正しいとは限らないため、経営に関して反対意見を述べてくれる社員も大切にする。その反対意見を論破できるように、自分の考えをよりよいものにするか、反対意見から優れた点を吸収する。

b 櫻田はなぜ板倉に謀反を起こしたのか?→後から入社した人間を重用し、創業以来のパートナーであった自分が軽視されている気がしたから。結果として、櫻田は退社するはめになった。

c 事業の低迷から社長と社員間の価値観共有が崩れた。
5.ハイパーネットの失敗から何を学ぶか
(1) ビジネスモデルの優位性、劣位性、機会、リスクを分析せよ。そして、デメリットを是正するヘッジをせよ。経営資源の不足気味な、事業の価値連鎖の中で選択と集中を行う必要がある。事業をすべて行わず、重要でない機能は他社へ任せ、投資と事業リスクを減じる。

(2) 事業資金の獲得方法を考えよ。事業の成功にリスクがあるため、できたら自己資金か投資資金を活用することが望ましい。

(3) キャッシュフロー経営を徹底せよ。使用できる現金を常に確保しておく。会社の資金繰りのラストリゾートは社長の個人資産。

(4) シーズ(seeds)志向の事業の場合、市場の確保と資金繰りが最優先課題となる。ハイパーネットの事業もシーズ志向であったため、広告出向に関する営業強化を図らなくてはならない。

(5) 経営者はHotで、Coolで、Toughになれ!

(6) 社員を部下と考えるな。苦労を共にする仲間と捉えよ。

(7)メンター(師匠)を持つ重要性