File NO.302 いか電ネット協議会
1.事業開始の背景
1996年、小樽商工会議所は、衰退していく商店街の活性化を目的として商店街振興策を策定した。こうした振興策が立案された背景には、不況による消費低迷、札幌地域への消費の流出、人口減少と高齢化による消費減少の影響もあって、小樽市の商業活動自体が低迷しており、加えてマイカルグループが大型商業施設を小樽築港地域に建設を進めていたため、商店街を中心とした小樽の商業者たちが不安を持ったからである。商店街の振興策の内容は、顧客が満足する商店街を作るために、個店経営の支援策、商店街活性化への事業、商店街の統一的演出、商店街および周辺地域の環境整備から構成されている。その具体策の一つとして、高齢化社会に対応したFAXを利用する買い物代行共同発送システムが提案されていた。1997年に通産省(当時)が「商店街活性化モデル事業」という新しい制度を作り、FAXを使って商店街を活性化する先進的事業へ単年度の補助金を出すことになった。そこで、小樽商工会議所はこのモデル事業へ小樽市内のどこかの商店街に申請してもらい、取り組んでもらおうと考えた。
小樽市の商店街の中で手宮地区商店街は「いか電祭り」という独自の祭りを開催し、商店街振興に熱心だったため、小樽商工会議所と小樽市は「いか電祭り」の中心人物である手宮地区商店街青年会の山下秀治氏へモデル事業の話を持ち込んだ。山下氏はFAXを使ったモデル事業をやってみたいと熱望し、通産省のモデル事業へ応募することになった。手宮商店街はモデル事業に選ばれる以前からモデル事業実行のために議論し、先進事例の視察なども行っていた。事業の運営組織はモデル事業として行う1年目は学識経験者、自治体関係者、商店街関係者、専門家、商工会議所関係者から構成される「商店街活性化モデル事業委員会」によってFAXネット事業を経営上の統治を行い、その下位の執行組織としてモデル事業へ参加する商店主が任意団体「いか電ネット協議会」を設立した。モデル事業から外れる2年目以降のFAX事業はいか電ネット協議会が全てを担うことになっていた。いか電ネット協議会は4つの部会から構成され、それぞれの部会には小樽市と小樽商工会議所の職員が張り付き、商店主たちを支援する体制であった。1997年7月に通産省の商店街活性化モデル事業に選定され、単年度事業として国から1,000万円、北海道から1,000万円、小樽商工会議所から350万円の補助金を得て事業を開始した。日本で16カ所、道内では唯一のモデル事業に選定された。単年度事業ではあったが、事業で使用されるFAXのリースの保証をしている小樽商工会議所から、いか電3年間の事業継続を求められていた。いか電ネットのモデル事業へ参加するのは、事業を立案した小樽商工会議所、事業へ参加する手宮銀座街親栄会、桜陽通り共栄会など4商店街の中の48店舗であった。
2.事業内容
事業モデルは手宮、錦町、高島、長橋、オタモイ地区に居住する会員顧客へFAXを貸し出し、商店街から情報をFAXで発信し、顧客から商品の注文を受け、それらの商品を共同で配達するものである。普及率では通常の電話の方が圧倒的に高く、使用方法も容易である。それなのにFAXを使ったのは、商店街から情報を発信する事にこだわったからである。単に商品の販売に関する情報ではなく、行政の情報や地域社会のイベントなど多様な情報を多数の人に発信するのは、電話よりFAXの方が適している。また、電話でのやりとりでは聞き間違いなどの問題などが生じる懸念があるからである。FAXを既に保有している顧客はいか電ネットの会員登録するだけ、FAXがない人は月700円支払ってFAXを借りていか電ネットへ登録する。毎週水曜日夜、食品や日用品など、商品とその値段を掲載した情報2枚と注文書が山下氏宅の庭にあるいか電ネット事務・配送センターから会員世帯へFAXで送られる。1回に流す情報は12店舗分で、1店舗5種類ほどの商品である。木曜日、金曜日のそれぞれ11時までに注文を受け、注文した商品はその日の午後に配達されてくる。宅配料は1,000円以上の購入がある場合、無料である。
 いか電ネットへ参加する商店は、商品掲載依頼をいか電ネット事務・配送センターへ送り、それを事務・配送センター専従の臨時職員が編集し、FAX一斉配信システムを使って300世帯程度の会員宅へ情報を配信する。会員宅からFAXで注文を受けたセンターは、受注した商品を参加商店へ発注する。こうしたシステムのソフト開発やインフラ機器の購入のために、モデル事業に対する補助金は主に使われた。注文を受けた商店は商品をいか電ネットの事務所へ納品し、センターの臨時職員がそれらの商品を発注した各世帯ごとに仕分けし、その日の午後の指定時間に委託業者が世帯ごとに商品を一括して配送を行う。1世帯当たりの配達委託料は200円で、いか電ネット協議会が負担するが、商品を各世帯まで配達してもらう商店側の経済的負担はない。こうした事業運営は3名のセンター専従の臨時職員、小樽商工会議所から派遣された職員、持ち回りで担当する商店者によって行われていた。
3.事業開始後の推移
1997年8月、いか電ネット事業が開始されるが、開始直後は286世帯から1日数件、月46件の注文しかなかったが、その後、口コミやマスコミに取り上げられたこともあって、1998年2月には会員顧客は404世帯、利用率は43%、受注件数は197件、売上金額は76万円弱までに増加する。顧客の平均購入金額は4,000円前後であった。しかしながら、顧客から平均640円のコストがかかる配達サービスに対して1,000円以上の購入がある場合料金を徴収せず、参加商店からも情報発信や配達に関わるコスト負担を求めていなかったため、国や道からの補助金がなくなる2年目の事業運営は困難と見られていた。また、小樽商工会議所から派遣されていた人員も引き上げ、いか電ネットの事業は手宮商店街だけで運営されることになったが、商店街だけでは運営のノウハウが不足していた。
 そこで、小樽市は事業経費として300万円の補助金を支出し、いか電ネットの実験を継続させようとした。また、いか電ネット協議会も事業の再構築を進め、収入源の確保と経費節減を図った。収入源の確保に関しては、1,000円以上の商品購入がある場合、無料であった配達料を1回100円にした。また、いか電ネット参加商店から、FAXネットによる売上の8%を賦課金として、1コマ500円を情報掲載料として徴収し、加えてFAXで流す情報の中に広告枠を設け、1広告枠5,000円で売ることにした。一方、経費削減に関しては、臨時職員を1名減らして2名体制へ、FAX送信をコストの安い逐次配信へ、配送を金曜日だけにする、などの方策が採られた。
 いか電ネット事業開始から1年間の売上は1,512件の注文で642万円で、高齢者や乳幼児のいる世帯からは喜ばれた。また、参加商店の中には売上が増加した店も多かったが、いか電ネット自体は採算ラインの月商110万円に届かず、事業の赤字は2年目も続いていた。いか電ネットによって売上の変わらない商店や、8%の賦課金を嫌う商店が離脱し、参加商店は39店舗へ減少していた。そこで、他地域の商店の参加も認めて、参加商店数を増やそうしたが、他の参加商店からの反対で実現しなかった。また、商店街がFAXネットで販売する商品も代わり映えしなかったり、配達回数の減少から利便性が低下し、事業開始から3年目にはいか電ネット利用顧客数はピーク時の半分以下の180世帯にまで減っていた。センター専従の職員を1名に減らし、外部委託による共同配達を止めて、参加商店が個別に配達するようにしていたが、収入の減少と補助金の打ち切りで、事業継続は困難になり、当初の終了予定であった事業開始から3年経った2000年8月にいか電ネットの事業を休止した。なお、いか電ネット事業の累積損失は、旗振り役であった山下氏が個人的に補填した。いか電ネットは地域社会への福祉的サービスの充実や商店の売り上げ増加などのメリットはあったが、事業モデルの不備から採算ラインに一度も達せず、3年で事業を休止した。
4.事例の分析
(成功要因)
a小樽商工会議所がモデル事業に選定されるよう、事業計画を立案し、組織化していき、補助金2,000万円を獲得できた。補助金がなければ、FAXネット事業は実現しなかったと見られる。
b事業計画の実現は資金の支援だけでなく、いか電祭りの主催者である手宮商店街の山下秀治氏が利害関係の異なる各商店をまとめたリーダーシップによるところが大きい。
c先進的な試みであったため、マスコミを通じてのPRがうまく行われた。
d小樽商工会議所がきめ細かい実務的支援を行っていた。

(失敗要因)
a補助金を獲得する先進的なモデル事業を目指したため、収益性という視点の薄い事業モデルが構築された。当初から期間限定のプロジェクトであった。→補助金を当てにしたビジネスではダメ。事業が継続できる収益獲得をベースにして基本的な事業モデルは構築されなくてはならない。その上で、補助金などの支援を受けられるかどうかを考える。
b国のモデル事業に認定されることが前提であったため、高齢者には使いづらく、また、普及率の低いFAXを使った事業モデルに固執せざるを得なかった。→モデル事業とは関係なく、純粋にビジネスベースで事業モデルを構築し、より単純な電話による買い物代行や共同配達にすれば良かったかも知れない。
c FAXを使った実験的な事業であったため、コンピューターやFAXへの先行投資、事業運営のためのソフト開発へ資金を使わざるを得なかった。その結果、損益分岐点売上高が高くなってしまった。→費用対効果を考えた事業モデルを構築する。
dモデル事業ゆえに失敗は許されず万全な体制を取ろうとし、また、補助金が潤沢にあったため、過大な設備投資や重い専従職員の人件費が発生した。→FAXネット事業単独で収益を生むようにするのであれば、事業開始時から事業経費に見合う料金設定や商店の負担金を徴収すべきであった。商店街の活性化を目指す付加的サービスとして行うのであれば、コストをかけずに各商店が協働して、あくまでも片手間で行うべきであろう。また、物販だけではなく、配食など宅配以外のサービスと組み合わせて収益性を考えても良かったかも知れない。
e買い物代行と共同配達の事業は高齢者世帯をターゲットにしていたが、高齢者はFAXをうまく利用できなかった。→ターゲットにあった事業モデルを構築するか、先に事業モデルがあるならばそれにもっとも適合するターゲット顧客を選定し、戦略を考えるべきである。
f FAXによる情報発信は情報量の少なさ、多様性の少なさ、モノを見られないなどの問題から、注文がなかなか増えなかった。→商店街独自の商品の企画や品揃えがあっても良かった。
gメンバー間で「いか電ネット」事業への取り組み方に温度差があった。→いか電ネットに参加する商店の負担を平等にせず、受益の程度によって負担を変えることを行う。また、1商店街の振興に拘らず、顧客のニーズに適合し、事業モデルに馴染みやすい、商店街以外の参加店を募る。
h行政や商工会議所など第三者からの手厚い支援。→コミュニティ・ビジネスはあくまでも市民が主体性を持って企画し、実行していかなければ長続きしないかも知れない。
(2001年10月調査)