File NO.301 特定非営利活動法人 創発科
1.組織の沿革
@NPO法人認証前の活動
 創発科代表の杉本賢二氏は、1980年代は北見の設計事務所に勤務し、その頃から会社以外での様々な活動に参加しようと試みたが、既存の集団にはなかなか入れずにいた。その後、独立して設計事務所を開業するが、北見の封建的な風土に嫌気がさしていたことや生まれ育った土地であることから留辺蘂町に戻った。建築家として優れた能力を持ち、1992年に北海道土地改良建設協会のコンテストで入賞したこともあるが、留辺蘂町に戻った後も、街づくり、産業クラスターなどの活動へ積極的に参加しようとした。しかしながら、そうした公益性を追求する集団の中にある特権意識や差別意識、権力志向に杉本氏は疑問を持ちつつ、中央からの情報が過疎地域に流れにくい構造、発言内容より社会的評価が重視される社会活動の場における意思決定の問題、山ほどある問題に誰も着手出来きない既存の組織などから、厭世的気分になっていた。その反面、既存組織を補完する意味でも、やる気のある人(意識ある市民)が参加出来る組織の必要性を強く感じていた。また、地元留辺蘂町の人口が1万人を切り、将来的には高齢化と人口流出が進んで、人口は4,000人程度までに減少してしまうという予想もあり、地域社会の崩壊につながる危機感を持っていた。
 杉本氏は社会に対する問題意識を持ちながら、1998年に「きごころ流通サイト」という網走管内産業のデーターベースの作成に着手した。そして、1999年に留辺蘂町の農政課長であった南川氏が町長へ立候補する際に、町民大学などでサークル活動していたブレーンへ働きかけ、市民の行政との協働の方法論としてNPOの活用や、地域産業へのISOの導入、行政事業にPFIの活用などを南川氏の選挙公約へ盛り込ませることに成功した。そうした過程の中で役場ブレーンから現在の副理事長である豊嶋氏らを紹介された。彼らは民間企業や自営業で活躍しているビジネスのプロであるが、彼らは杉本氏と同様の問題意識を持っていたため、杉本氏の理念に賛同し、共に活動を行うことになった。南川氏が留辺蘂町長に当選後、杉本氏が提言した政策の実現を支援するために、地域社会へ知識を提供するローカル・シンクタンクを目指す「創発科」という団体を1999年4月に立ち上げた。「創発」という言葉には小さな市民が大きな社会を変革していくという使命の表明と、今後の活動の先駆けになる願いを込めて「科」を加え、「創発科」を会の名前として採用した。
 創発科として活動を開始し、地域社会を活性化する様々なアイディアを創出する一方、杉本氏が始めていた「きごろろ流通サイト」を買い物情報などの生活サポート情報、網走館内の教育や研究などの情報、自治体などのサイトとリンクさせた行政情報など7コーナーを持つ、地域社会のポータルサイトへ更新した。そして、1999年に特定非営利活動法人法(以降NPO法)が制定されたことをきっかけに、市民が主体となった持続的活動の発展と社会的信用の獲得を目的に、NPOの法人格を取得することが考えられた。創発科の事業領域からすれば商法法人の選択肢もありうるかもしれないが、杉本氏らは市民活動がたった一つの企業や人材で左右されるような事であってはまずいこと、NPOのような公益性を担った組織で地域の人材育成したいこと、地方の中小企業が本業とボランティア事業を両立するのが難しいこと、地方のNPOという優位性を活かすことなどの理由から商業法人による経営は全く考えられなかった。また、別に民間企業を興し、そこでの収益をNPOへ寄付することでNPOの活動を行う事業モデルもありうるが、寄付でも補助金でも助成でも金さえもらえば良いかのような低いモラルでの事業を続けると、事業が住民のためではなく、無用な団体を存続させる為の事業資金となる懸念があるということで却下された。行政のパートナーになるという創発科の使命からすれば、市民が主体となるNPO法人しか選択肢がなかったのである。しかしながら、NPOの法人化に関する手続きの経験が申請するNPO側と行政側両者にないことや、行政側の意識と杉本氏らの意識の相違からNPO法人格の取得は難航した。特に創発科の事業は、地域社会づくりという行政が主体となって行う活動を一NPOが行うということで、行政が理解しづらい部分があったのであろう。NPOの法人格取得申請から認証まで、3〜4ヶ月の期間が一般的なのであるが、2000年2月に創発科のNPO法人化を北海道庁へ申請してから夏になっても認証は下りなかった。手続きのために北海道庁へたびたび足を運ばなくてはならず活動資金がなくなり、杉本氏が創発科にかかわる時間だけ本業の建築の仕事が出来ず生活苦になったが、地域社会を良くしたいという杉本氏の情熱がNPO法人化へ駆り立てていた。そのような状況で、9月に留辺蘂町の「ふるさとづくり補助金制度」から100万円の補助を受けた。これによって、手続きに関わる経費、立上げの人件費・サーバー回線費用等を捻出でき、創発科にとって非常に大きな支援になった。また、杉本氏は友人の会社から100万円借り入れて、パソコンなどの事業環境整備に投資した。活動に不可欠な事務所も閉店したレストランを無償で借り受け、間に合わせた。杉本氏を始めとする創発科のメンバーの努力と、周囲からの支援によって、2000年12月にNPO法人格を取得した。法人格を得て、積極的な会員募集を行った結果、創発科の会員数は49名(2001年9月)にまで増加している。

ANPO法人としての活動と将来の事業構想
 創発科の事業は、創発科の非収益事業として商店街の活性化などのまちづくり、道産ネットの運営、IT講習などの社会教育、福祉や環境関連商品の開発、ボランティア団体への支援、収益事業としてそれらの受託事業、物品販売、サービス提供となっている。ただ、設立されてから日の浅い組織なので、全ての事業に着手しているわけではない。短期的にはIT関連、木材を使った商品企画、ベンチャービジネスやNPO支援事業が中心になる。IT関連の事業として国のIT講習会事業を受託し、その後、さらに高度なITを使った実務やスキルアップ講習会を創発科で独自に行う予定である。ISP事業も、すべて自前の人材や機材で行っている。地元の林業活性化のために留辺蘂町から委託されたウッドトレイ研究会では、消費者の視点から商品企画を行える創発科が事務局を担っている。NPOの法人格を取得してから1年も経過していないため、2001年度の主たる事業はこの2つの事業で、これら2つの事業によって2001年度は600〜700万円の収入を見込んでいる。IT講習会の受託事業によって、組織立ち上げ期にあった借金は返済できた。来年度に向けてネットワークインフラ開発事業や、3,000万円弱の予算規模で申請している地場産業の広告事業(雇用促進事業)が採択されれば杉本氏が思い描いていた事業活動を行えるようになるとみられる。
中期的に大きな収益事業になると期待しているのが、新潟県のベンチャー企業と進めている水質浄化剤の事業である。強力な汚濁物質の吸着やイオン分解の効能がある、阿寒でとれるモサナイトという岩石を水質浄化剤やシックハウス対策用の建材などに応用することを計画し、共同で特許を出願している。この事業の市場を開拓できる見込みが立ったら、民間企業とタイアップして、工場を留辺蘂に誘致する考えである。その他の中期事業としては、高速インターネット通信環境の留辺蘂地域への導入に関わるコンサルティング事業と運営事業、インターネットを利用した公開情報データベースとその運用、留辺蘂町商工会が行う中心市街地活性化事業に関わるエコマネー事業、携帯電話のネット技術を利用したマーケティングシステムの開発、公園、商店、住環境に関わるコンサルティング事業、新しい福祉技術の開発などを計画している。長期的には製造加工業の地域ブランド構築、観光・流通・行政サービスにおける品質向上のための監査、地域産業へのISO促進支援事業などを予定し、留辺蘂町の経済や市民生活の底上げを図ろうとする事業構想を持っている。創発科は行政とも協働しながらも、様々な事業活動によって行政とは異なるコミュニティのチャネルを構築することを目指しているようである。創発科の事業は、一見すると拡散的であるが、地域社会と市民というコミュニティ・ビジネスの視点で見ていくと高度なシナジーが発生するように構成されている。また、創発科がスタートアップし、最低限の自主財源を得るための短期事業、組織を安定させ、いっそうの成長を支える中長期事業と、事業ポートフォリオもしっかりと考えられていると言えよう。
2.事例分析
@経営戦略
創発科の事業はNPOらしからぬベンチャー的な事業や高度な専門サービスを提供する事業もあるが、そうした事業は地域社会の経営資源を活用しつつ、地域社会の衰退という問題に対する地域社会の活性化の手段である。そして、創発科の行う収益事業から産まれた利益は地域社会へ還元され、市民生活を豊かにすることをあくまでも組織の使命にしている。しかしながら、収益事業に関してはボランティアによる活動であってもサービス享受者から対価を得るビジネスであるから、民間企業と同様な視点で評価され、創発科としてはプロフェッショナルなサービスを提供するように心がけている。結果として、現在の収益事業は創発科の中心的メンバーの専門的能力に依存したソフトの開発やITを使ったサービス、商品企画、住環境を中心としたものになっている。今後はプロフェッショナルなサービスを提供できる人員の育成やスタッフの充実を図る予定であるが、現在の体制では目の届く範囲の商圏である留辺蘂町のある北見管内に限定している。スタッフが育ち経済効率が望めるようになれば、事業展開地域を拡大する計画を持っているが、収益事業の拡大はNPOの活動資金源として必要なのであって、それが目的ではないため、無法図に事業地域を拡大することはないようである。また、コミュニティ意識の希薄な都市部では、主として高いか安いかの経済基準でNPOも選別され、交換可能な人材派遣業や下請けと実質的に変らなくなる懸念を持っており、NPOとしての優位性を活かせず、また、人材育成上のリスクがあると考え、創発科と関わりの薄い都市部への進出は積極的に行わないようである。むしろ、都市部や他地域でも、その地域における市民の自発的な運動からNPOが育ち自主活動出来るように支援するのが、NPOプラットフォームとしての創発科の使命と考えているようである。一方で、創発科が企画した商品は、積極的に地域外へ市場を求め、地域社会へ新たな経済的価値を獲得する戦略を持っている。
留辺蘂町に拠点を置くことは、人材を留辺蘂周辺から獲得していくことになるため、事業活動の市場だけでなく、経営資源での限界がある。しかしながら、創発科の使命の一つが地域の人材育成であり、距離的に離れた他地域から人材を積極的に求めることはない、と杉本氏らは明言する。当然、創発科の目指す事業活動全般に対して満足いく質と量の人材を確保できないかもしれないが、それは反面、事業活動における選択と集中を自然にもたらすことになり、また、経営資源の不足ゆえに様々な工夫が生まれるので好結果を産むかもしれない。モノという経営資源に関しては、地域社会への経済効果を考え、地元の資源を意識することになるであろう。一方で、資金と情報は地域社会からの調達にはこだわらない戦略のようである。地域内の経済社会だけで資金を循環させるのではなく、外部からも資金を獲得して、その資金から地域社会へ新たな価値を産出していく。ITを使いこなす創発科は知識や情報をあらゆる地域から収集し、地域社会を活性化する目的にそって加工し、地域社会へ提供する。地域に根ざした知識や情報はもちろん大切であるが、異なる知識や情報と混合することで、新たな革新が起きるため、地域社会外からの知識や情報は重要である。市場および経営資源に関して、地域社会内の循環性を基盤にしながらも開放性と両立するものであり、創発科は成長志向の強い経営戦略を採用していると考える。ただ、事業計画に関しては事業の進捗状況や環境変化次第で柔軟に修正していく方針のようである。
創発科の事業領域においては、高速インターネット通信のインフラなどのように、民間企業との潜在的競争に晒されている事も確かである。そうした競争に晒された場合、ベンチャー企業と同様に別のビジネスモデルの確立や、地域社会のニーズに根ざした差別化で、棲み分けを図っていくことになる。地域に根ざしたNPOとして、地域市民が望むサービスややりたい事業をサポートすることで、ニッチ市場を創造し、独占することで競争優位を構築するのである。また、収益事業から得た利益を収益性の尺度ではなく投資できるNPOならではの経営は、民間企業では利益にならなければ手がけない事業も行える優位性を持っている。そうした収益性の低い事業領域は民間企業では参入しにくく、ボランティアによる安価で良質な労働力を持つNPOが競争優位を発揮できることになろう。そして、社会のNPOに対するイメージの良さが、エコロジー、安全、安心といった事業分野では大きな武器になる。創発科は単にやる気や想いだけで経営を行うのではなく、きわめて戦略的に考えられた経営を行える能力を持っていると考える。

A組織経営
創発科は創設者の杉本氏を中心とし、豊島氏と小田切氏らが中核メンバーであるが、常日頃顔を合わせてコミュニケーションを図れる専従スタッフではない。中核メンバーの間ではオンライン、オフラインの理事会でコミュニケーションを取り経営上の意思決定を行うが、緊急を要する意思決定などでは杉本氏が資金的リスクのないことを前提に独断で意思決定を行う。ただし、必ず事後には中核メンバーの了承を取っている。また、事業展開に関して、少数意見を尊重するが、損する事業は手を出さず、リスクの高くならない事業だけにコミットするという基準に沿って意思決定される。それは創発科がNPOであり、コミュニティ・ビジネスに特化する戦略であるからだ。創発科のコミュニケーション・ツールで欠かせないのは、ITである。BBS(電子掲示板)から一般閲覧者から声を聞き、メーリングリストで会員間の経営的コミュニケーションも行う。こうした時間や場所に囚われないコミュニケーション方法によって、本業を持つビジネスのプロが創発科への積極的な参加を可能にしていると思われる。
創発科の会員は49名であるが、参加に当たって年齢、性別、所属、居住地などに一切の制限はない。また、創発科の事業への参加にあたっては、有償労働、ワークシェアリングなどで各個人の過度な負担を避け、メンバーの参加が長続きさせる運営を行う。無償労働も用意しているが、現在は金やエコマネーなどを使った時給制の有償ボランティアだけある。会員に対して、対価を取るからはプロの仕事を期待されている。留辺蘂町が過疎地域だから、地域社会への帰属意識を持ち、参画意識を持って創発科へ参加している会員が多い。現在の会員は基本的に杉本氏らの知り合いで、一般会員の募集は受け入れ態勢が整っていないため、積極的に募集はしていない。事業が順調に発展していけば、人材の育成と事業展開が好循環を生み出していくと見られる。創発科の会員の多くはビジネスのプロであり、創発科は副業として参加しているため、NPOにありがちな収益事業への取り組みに対して会員間のコンフリクトは起きていない。複数事業を有する創発科では、事業分野ごとに担当者がある程度決まっているが、まだ、各事業グループの責任や権限が明確なわけではない。今後は事業分野ごとに、可能な限り小さなグループに分散し、ネットワーク型組織で経営していきたい意向があるようである。すなわち、各事業を分離し、中心的組織がグループ経営を行い、各事業グループを束ねていく形だ。そうした小組織の中にNPOだけでなく、株式会社が生まれてもかまわないとしている。組織の分割の理由は組織が大きくなると組織の意思統一などで問題が起きるからである。大規模組織化は各個人の意欲や能力を限定する事でもあり、良い結果を生む事には繋がらないからである。
他組織との関係では、現状ではお金が絡んでないため、利害関係がなく、うまくいっているところもある。特にベンチャー企業との連携においては、NPOもリスク(金銭的なリスク負担はダメ)を負担することで、利害関係のコンフリクトを避ける工夫をしている。また、他のNPOの支援も積極的に行い、同じ町内サポート太陽の立ち上げに協力した。こうしたNPOのネットワークを構築することは、個々では経営力の弱いNPOが協働することで大きな力を発揮しようという意図があるようだ。

B経営の成功の可能性とリスク

 創発科は団体として発足してから2年半、NPO法人化されてからは1年と、まだ実績を評価できる段階ではない。そのため、現段階で考えられる成功の機会とリスクを考えてみたい。成功の機会としては、留辺蘂町にインフラとしてインターネットのブロードバンド回線が施設されれば、ITを武器にする創発科にとって、市場の拡大と経営資源の獲得という点からチャンスが大きい。また、ブロードバンド回線のメインテナンス事業を創発科が受託できるかもしれない。創発科の事業が成長分野や今後注目を集める分野のため、創発科が計画した通り事業展開を行えば、大きな成長が見込めよう。また、留辺蘂町のサークル活動や趣味の会、他地域のボランティア団体との連携も、創発科の成功にとって重要な要因になると考えられる。基本的に創発科のビジネスモデルはオープン・ネットワークが基本になっており、ネットワークを形成する組織との関係は、経営資源獲得に関して必要不可欠であろう。NPOにせよベンチャー企業にせよ、そうした組織を生み育てる制度や風土がなければ、途中で消滅するかもしれない。創発科が本拠を置く留辺蘂町は町長や一部の自治体職員が積極的にNPOを育成する姿勢を見せ、創発科へ事業を委託していることも、創発科の成功の機会を高めているものと考える。
一方で、リスクに関しては財源の不安定さがまず、あげられる。現在やらなければならない事業を優先させ、資金はあとで何とかするという状況で、利益を出せない事業は無料奉仕となっており、事業として継続的に行えない状況である。しかしながら、今年度は町からIT講習事業を委託され、資金的には持ち直し、来年度、地域産業の広報事業を国の雇用助成で行えれば、専従職員を置く余裕もできるであろう。また、安定した財源を背景に非収益事業へも力を注げるであろう。創発科の事業は民間企業との潜在的競争にあるものも多いが、地域社会という視点から事業を展開する創発科は、留辺蕊という過疎地域にあるNPOということを武器にして、ニッチ市場を確保していくと見られる。ただし、現状ではNPOとしての広報が足りず、地域社会からの認知度が低いのは課題であり、順調に事業展開が進み、地域社会へ積極的に貢献できるようにならなければ、この課題を克服できないと予想される。次のリスクは事業展開が分散化してしまい、収益事業であるにもかかわらず十分な経営資源の投入が出来ずに経営がうまくいかないリスクである。ネットワーク型組織でやっていくにせよ、個々の小組織の抱えるリスクを管理するシステムがない問題が見られる。小組織の自律性は生かすものの、経済的リスクを相互にヘッジするシステムが必要と考える。また、人材面で、全てのメンバーが副業として創発科の事業へ参加しているため、経営自体の責任所在があいまいになる。また、本業とのコンフリクトの発生も懸念される。少なくともビジネスの相手としてNPOが信用されるためには責任を持って経営する専任の経営者を置いた方が良いと考える。
(2001年10月調査)